誰か殺せ。
いつその事殺せ。
此の卑しひ身体が死して浄化される事を願ふ。
其の願ひを聞き入れるが如く、誰か此の身体いつその事殺せ。
嘲笑ふがいゝ。
然も汚ひ此の身体を見て嘲笑ふがいゝ。
己より醜ひ容姿を見、己より低ひ身分を馬鹿にし。
此れ以上無い程に貶し、蔑み、嘲笑ふがいゝ。
好きにするがいゝ。
此の心も身体も御前の好きにするがいゝ。
だうせ何も価値を持たぬ身だ、好きにするがいゝ。
同じ人間だ等と思ふな。
御前の好きに扱ひ、好きに破棄し。
最後には跡形も残らぬ様に塵屑と共に忘れ去るがいゝ。
OLD MAID
011/ETTA
芹の心はもう原型を留めていられない程に壊れかけていた。
まだ会って間もない男ではあるが、さも簡単に裏切られ、物のように扱われた。
そのせいか、それとも他に原因があるのか、綿の如くきめ細かい少女の頬には、幾数もの涙の筋が伝った。
喉の奥は、枯れた悲鳴をあげている。
拒否の言葉も態も空しく、男はただ好き勝手に自分の欲望に素直に動いている。
ぎりぎりまで欲の芯棒を引き抜いたかと思うと、次の瞬間には最奥まで深く貫く。
その繰り返しのせいで、芹からはいつまで経とうと痛みが無くなる事はなかった。
何より、この行為に吐き気がして、意識すら遠ざかりそうだった。
それなのに、意識を飛ばす事さえ許してくれない痛覚が、確かに大きくそこにある。
「あ、あ」
焦点の合わない芹の目はただ朧げに動く事しか出来なかったし、正直彼女自身も今己が何を見ていて何をしているのかすら、分からなくなっていた。
感覚があるのは、身体の一部分だけだ。
自分の身体の筈なのに、今はまるで他人の物のように違和感を感じているところだけだ。
「やっぱvirginは気持ちイイネ。
締まりが違う」
男は、その少女の身体に悦んでいた。
気分も先程より更に昂ぶったのか、うつ伏せになっているままの芹の腰を再度片手で抱え直し、空いた手で二人の結合部をなぞった。
そこは、女の物である襞が、男の肉棒にしっかりと絡みついていた。
ぬるりとした汁も、僅かながら染み出ている。
しかしそれは、常なら有り得る熱りの汁などではなく、単なる破瓜の印である血液だった。
芹の身体は男の猛りきった芯に良く反応していないし、むしろ先刻から与えられるのは張り裂ける様な痛みだけなのだ。
女の証である快楽の汁を垂れ流す余裕など、ある筈がなかった。
だが、男にとってそんな事など、どうでも良かった。
「凄い絡み付き。
すぐイっちゃいそう」
男は、自分が満足する刺激が存在するだけで十分だった。
芹がどんなに苦痛に思っていようが、嫌悪していようが、どうでも良かった。
ただ、男は行為自体を楽しむ性分があった。
ぬちゃりとした汁を、指で掬いとる。
そして、そのやや上方にある全く下生えの揃っていない彼女の突起を、軽く摺る。
その男の刺激に、芹の背が弓なりに反った。
それは、芹にとって初めての、情事中の雌らしい反応だった。
まるでびりびりと爪先が痺れるようだ。
脳天を直接小突かれる強い信号が、強制的に全身へと送られる。
「ひっ、い」
一層甲高い悲鳴が漏れた。
身体が強張った為に、思わず男自身を強く咥えこんでしまった。
その反動で、男の質量も更に増し、硬度も心なしか上がってしまった。
それと比例するように、串刺しにされている鈍い痛みが再び芹を襲った。
得体の知れない僅かな快感と際限無い激痛の間を、心と身体が行ったり来たりしてしまう。
まるで生酔いでもしているかのような錯覚に陥ってしまう。
「アア、アンタが締めるから大きくなっちゃったじゃナイ。
痛いの嫌なら、力抜いたら?」
そんな事を言われたからといって、どうしようもないのだ。
芹は、必死に耐える為、くぐもった声を響かせるしかなかった。
男のからかいの言葉に、まともに返事が出来る力など、もう残されてはいない。
先程のも、好きで彼自身を強く締め付けたのではない。
彼が女の性感帯に触れるからだというのに。
ただの、生理現象なのに。
それなのに、彼はさも面白そうに芹に責任を転嫁し、そしてその反射運動を楽しんでいる。
「っふ、あ」
ぐちゃぐちゃという粘り気のある水音の中、何処をどう頑張っても、もう芹に暴れる力は微塵も残されていなかった。
あるのは、押さえ付けられた己の身体を顎で支え、両手で布団のシーツを握り、訳も分からない言葉を零すだけだ。
下半身は男に抱えこまれている為に、恥ずかしげも無く四つん這いで、尻を突き出す格好になっている。
そのさも貫いて下さいと言わんばかりの痴態は、芹の心とは裏腹に滑稽で、けれど至極淫乱だった。
「アア、保たないカモしれない。
せっかく楽しめると思ったのにネ」
時間の経過と共に、芹の脳内もぼんやりとした霞がかった思考しか残されなくなった。
男の艶めいた声が、何処か遠くの方で聞こえた。
高まっている筈の呼吸音も、何故か段々と小さくなっていく。
何故こんな所に自分が居るのだろう、とか。
どうしたら此処から抜け出せるのだろう、とか。
そんな考えは、薄れていった。
ただ、早くこの時が終わればいいと切に願った。
何もかもが消えてしまえばいいと思った。
自分の身体も、男自身も、この不埒な場所も何もかも。
むしろ、最初から何もかもが無かった事になればいいとすら思った。
「あ、うあ」
反応の薄くなった彼女を追い立てるように、男はぐりぐりと少女の突起を爪先で挟んだ。
そのままきつく擦れば、また彼女の意思とは反して、内壁がぎゅうぎゅうと男を咥え込む。
にちゃにちゃと、決して滑りの良さそうではない二人の水音さえも、次第に大きくなる。
ぱんぱんと肉を打つ不規則な音も、リズムを刻んで木霊する。
肉厚のある尻肉とまだ発展途上の彼女の恥部に、男の証である双球と硬い恥骨が当たる。
繋がっている部分が、じんわりと熱くなっていく。
それは、血液のせいかもしれなかった。
だが、部屋に充満している媚薬入りのお香のせいか、或いは彼女の身体の開発のせいであるかもしれなかった。
男は更に密着するように姿勢を崩し、彼女の背中に己の胸板をくっつけた。
そして、か弱き首筋に、ちゅうっときつく吸い付いた。
そのまま跡が残るよう唇の吸引力に力を入れれば、それすらも快感になったのか、下肢を中心に彼女の全てに熱が回っていく。
終いには、その熱がじわりじわりと全てを侵食し、脳内に多量のアドレナリンを分泌させる。
「ひあ、ああ」
行為自体には確かに嫌悪感と痛みがある筈なのに、芹の中で彼女自身も知らない何かが酷く疼いていく。
それを知っているかのように、男は結合されたままの腰をぐりぐりと押し当て、時に自分勝手に激しく腰を打ち、中を探り、抉るように掻き回した。
その刺激はただの「摩擦」と「突き上げ」でしかないのに、その単純な刺激さえもが脳を揺らし、痺れさせる。
二人が一つになっている結合部が相手の存在を認知させ、けれど段々とそれが最初から自分の物だったかの如く収縮し、絡み付いて、接ぎ合わさる。
その感覚が恐ろしくて、芹は溜まらず一際大きな声をあげた。
まるでその恥部と脳だけが何処か遠くに無理矢理連れて行かれそうな感覚だ。
ただ、芹の冷え切った心だけが、何処かに取り残されている。
しかし、その嬌声と同時に、男自身がぴくりと彼女の中で振動した。
その直後に、じわりと温かいものが内部で広がる。
男の忙しなかった呼吸も、一瞬だけひゅっと音をたてた。
「あ、っは」
「ンー、御免ネ。
アンタの事、全然気にしてなかった」
得体の知れない内部で広がる熱に、芹も息を詰まらせた。
その感覚をゆっくりと味わっているのか、男が己の杭を再度、彼女の体内で震わせる。
そして、その余韻に十分に浸ってから、大きく息を吐いた。
残り僅かの欲も吐き出すつもりだろうか。
後ろから芹を抱きしめる姿勢のまま、男は数度腰を揺らす。
すると、そこから彼の残りの欲は全て吐き出されたようで、芹の中に熱い汁が広がった。
「存外良かったヨ」
最後の仕上げが終わってから、男はゆっくりと腰を引いた。
男の杭には、多量の破瓜の印と、僅かばかりの二人の欲が纏わり付いていた。
男は、満足だった。
自分の一部である物をにゅるりと先まで抜き出せば、二人の淫らな汁は合わさっていた部分を繋げる。
「ど、して」
白と赤が混じった糸がふつりと切れ、完全に男の一部が体内から抜かれてから、芹は掠れる声で零した。
だが、腰は以前変わらず男に向けて高く上げていて、その様はまるで厭らしい雌豚だ。
男が首を傾げた。
「ン?」
芹の中心部から、入り口付近で出された男の欲望が、とろとろと流れ落ちていた。
その欲望は彼女の内股をゆっくりと伝って、シーツへどろりと滴り下ちる。
「ど、してこんな事。
信じてたのに」
「ハ?」
「どうして…」
声帯が痛い程に震える。
気が付けば涙も乾いていた。
むしろ、全身が乾いていく感覚があった。
ただ、先程まで二人繋がっていた部分だけが、じんわりと湿っている。
けれど、ぽっかりとそこだけが穴が空いているようで、ひんやりとしていて。
芹自身は自覚がなかったが、女の壁もひくひくと震えていた。
その様子を、男は少し身体を離して、冷静に見つめていた。
「私、ジョーカーさんの事…」
「信じるも何も、それはアンタが勝手にした事デショ。
別に俺は、アンタに誓った覚えはナイし」
男の余りに酷い言い振りに、涙は出てこないのに、嗚咽が漏れた。
悲しさなのか自分の浅はかさなのか分からないけれど、芹の心が再び泣いた。
噎せ返るように痛んでいた胃が、ぎりりと軋んだ。
「マ、俺の言う事聞いてくれるんなら、今後も悪いようにはしないヨ。
結構アンタの事気に入っちゃったし」
「私は、君なんか」
「アンタの意思は関係ナイの。
そもそもrankの低い者はネ、上の者に従ってこそだ。
俺はその上下関係に参加してないケド、予行演習くらいにはなるデショ」
男は簡単に言いながら、付いていた膝を立て、シーツの上に足を放り投げた。
芹は、男の言った言葉が理解出来なかったので、再度「どういう事?」と尋ねてみた。
その声は、相変わらず掠れて震えていた。
全てが終わったせいか、恐怖の色は若干薄れていたが、勿論それは本当に極僅かで、自分が最悪な状況下に晒されている事に変わりはなかった。
男が気だるげに伸びをする。
「アア、言ってなかったカナ。
ここの世界にはrankってものがあってネ、ソレでその人のコレカラの形振り方が決まる。
けれどもアンタは、運悪く最低のrankになっちゃった訳。
つまりは、これから先、俺みたいにアンタを犯しにくる奴も出てくる訳」
「そんな…」
「だから、その準備を俺がしてあげたの。
最初さえ終わらせとけば、後は慣れるだけだ。
マア、早々無理強いしてくる奴も居ないだろうケド、絶対とも言えないし」
「身体を売る、って事?」
「rankの低い奴等は、皆そうして稼いでるネ。
要は、その為にtalonを使う人も居る。
中には、家すら持たずに、此処に住み着いている奴もネ」
芹がまだ理解出来る筈もない事実を淡々と述べる男に、彼女は小さな声で、「そんな」と返した。
けれど、それが聞こえていないのか、男は平然と続ける。
「他に金を稼ぐ方法がない訳じゃない。
一芸に秀でていれば、それで稼ぐ事は不可能じゃない。
けれど、rankの低い奴らは身体を。
それがお決まりって感じカナ」
そのトーンは、少女の事を気遣っている風は微塵も感じられなかった。
所詮、他人事なのだろう。
興味すらほとんどない言い振りだった。
「私…」
「嫌なら他に金を稼ぐ方法を探せばイイ。
別に何も無いって訳じゃない。
ただ、此処はrankでその人の価値も決まるから、例えばmasterなる最高rankの奴とアンタが同じ事をしたとしても、金額が俄然変わってくる。
だけど、此処の世界も俗世と一緒で、金が無ければ何も出来ない。
家に住む事も、食事を摂る事も、何もかもネ」
「皆は、どうしてるの?」
「だから、最初は身体売る奴が多いって言ってんデショ?
一番手っ取り早いし、金額もそれなりに稼げる。
マ、他に何か秀でた物でもあれば、別だけどネ」
そこまで説明して、男は未だうつぶせて四つん這いのまま固まっている芹を、片手で支えて起こしてやった。
その時、じくりと芹の内部が傷み、彼女は顔を顰めたが、それに男は特別気を遣わなかった。
「と、いう訳で。
俺はこれでお暇するヨ。
何かあれば、いつでも呼びな。
一応、此処で数日程度暮らせる位のお金は下に居る管理人に払っておいてあげるから。
後は、自分で考える事ダネ」
「また、来てくれるの?」
「気が向いたらネ」
そう言って、男は着たままだった衣類の乱れを簡単に直し、すっくと立ち上がった。
そして、その高い視線のまま、芹を見下ろした。
立ち上がった男の高い位置からでも、芹の先刻付けられた首筋に残っている所有印は、薄く確認する事が出来る。
「また、来る?」
芹は、同じ質問をした。
その台詞に、男は僅かに片眉を上げるだけで反応する。
もう自分には、誰かに媚びて、縋って生きていくしかないのだろうか。
芹の脳内で、そのような疑問符が浮かび上がる。
そんな事はしたくない。
したくないのだが、もしそんな方法でしか生き延びる事が出来ないのだとしたら、どうすればいいのだろうか。
「来て欲しいの?」
「だって、私には君しか知り合いが居ないから。
だから」
「これから、男でも誘い込んで金稼いだら?」
男は、吐き捨てるように言葉を落とす。
まるで芹の身体などもう無価値で、汚れたものだとでも言いたそうに。
たとえそれが自分によって為された事だとしても、行為を為す前と後では興味の度合いも全く異なっているかのように。
先程まで何て魅力的な身体だと思っていたのに、今ではもうただの使用済み玩具も同然な程に。
「私には、君しか知り合いが居ないんだよ。
頼る人も、何も、居ないんだよ…」
芹は、その言葉を繰り返すしかなかった。
しかし、声は先刻より更に小さかった。
この目の前の男は、つい先程、自分に酷い仕打ちをしたというのに。
それなのに、こんな男しか頼る事が出来ないだなんて。
また辛い目に遭わされる可能性の方が高いというのに、それなのに。
それなのに。
芹は唇を噛み締めた。
悔しいのか、悲しいのか、分からなくなった。
だが、男は「気が向いたら」と、やはり素っ気無い返事を返すだけだった。
TO BE CONTINUED.
2006.01.22
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