目の前で、獣の如く獲物を睨んで離さない彼。
そして、その対象である私。

抵抗しようと思えば出来たのかもしれない。
あの時、彼の手なんて振り払っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

けれど、今の私は余りに不安定で。
余りに不確かで。

自分の名前が分からない。
今まで何をしてきたのかも分からない。
何故こんな所で、こんな事をしているのかも。

こんな経験、今までなかった。
楽しい思い出も、悲しい記憶も、何もかもが私の中からぽっかりと抜けてしまっている。

どんなに思い出そうとしても、その糸口すら離れていく感覚。
気持ちが悪い。
けれど、不甲斐ない事にどうしようもない。

ただあるのは、此方の世界に来てからの記憶だけ。
彼との、会話だけ。

記憶喪失だなんて、ある訳ないと思っていた。
他人事だと思っていた。

だけど、今の私に起こっている、この現実。
何もかもが分からない事がこんなにも恐ろしいだなんて、私は知らなかった。

そんな状況下で、唯一の人に見捨てられるだなんて。

たとえば君なら、耐えられますか。

OLD MAID
010/コケットリー

瞳こそ未だ抵抗の色を秘めているものの、無抵抗になってしまった、芹の身体。
紅潮している頬は十分に色気があるし、先程付けたばかりの首筋の跡など、上品な桜が散ったようで美しいではないか。

勿論、彼女のほっそりとした身体自体も魅力的だった。
普段から運動していたのだろうか、全身に無駄な贅肉が付いていない。
幼い故に胸はほぼ無いが、全体のバランスを考えれば妥当なものだ。
むしろ、普段肉付きのいい女しか相手していなかった男にとっては、新鮮だった。

「sportsでもしてた?
随分引き締まったイイ身体してるネ」

ご機嫌に言いながら、男は肌蹴ていた芹の上着を更に寛げた。
いとも容易く彼女の肌から離れた布は、はらりと床に落とされた。
芹の服は、まるで最初からその為だけに着せられていたように、脱がせやすい作りになっていた。
それが、益々彼を興奮させる。

芹の戸惑いと怯えの入り混じった表情も、男にとっては何とも言えぬ程に官能的だった。
加虐心が煽られる。
芹が不安そうな顔を浮かべれば浮かべる程、止められなくなる。

男は芹の表情を横目にしつつ、胸の先端の飾りに、ちゅうっと音をたてて口付けた。
その途端、びくりと彼女の身体が震え、全身が強張る。

「ドウかした?」

揺れる身体を押し付け、口に含んだものをそのままに男は問う。
胸から口を離さぬまま上目遣いをしてくるその男の姿は、ひどく卑猥だった。

「や、やだ」

芹は、何とか身体を動かし、男の肩を押し退けようとした。
先程はうまくいかなかったが、今度は出来る限り腕に力を込めた。

男は、眉を顰めた。

「何?」
「やっぱ、嫌。
嫌なんだよ、ジョーカーさん」

男が一瞬身体を離したのを見逃さず、芹は男を跳ね除けた。
そのまま急いで上着を拾い、肌蹴ていた胸元を隠す。

全力を出したせいか、はたまた先程の口付けのせいか、呼吸が乱れてしまっていた。
酸欠でうまく働いていなかった頭も、やっと正常に動くようになった気がした。

男は、組み敷いた相手から突き放された体勢のまま、無表情になっていた。
先刻までの機嫌も、何処かへ消え去っていったようだ。

「私、こんなの駄目だよ」

芹は、かたかた震える身体を両手で抱えて拒否した。
我慢していた涙が零れた。
体内に籠もっていた熱が、恐怖でじわじわ引いていった。

しかし、男は面白くなくなったのか、能面のような顔をそのままに立ち上がった。

「何言ってんの?」

男は、威圧的に言った。

「アンタ、こんな所まで来て今更何もせずに帰れると思ってんの?」

芹は、「え?」とだけ小さく返した。
男の言った言葉が、うまく理解出来なかった。
ただ、ひどい事を言われているだろう事は、すぐに分かった。

今、彼は何と言ったのだろうか。
自分に対して、何と言葉を吐いたのだろうか。

先程までの、少し強引で、けれど優しかった彼が、音をたてて崩れていった。
何より、芹は此処がどんな場所かだなんて、最初から聞かされていなかった。
ある程度予想がつきそうな様相ではあったものの、それでも確固たるものは知らされていなかったのだ。

それなのに、男はさも芹に非があるように言いのける。

「そもそも、duce如きrankの女がゴチャゴチャ言ってんじゃないヨ。
最初からアンタに拒否権は無かったの。
むしろ、俺に気に入られただけイイじゃない」

彼が紡ぐ一言一言が、芹の中にじわりじわりと染み込んでいく。
最初の一言で表面を大きく傷付けて、その傷跡を侵食するように、二言目が内部へと入り込んでいく。
終いには、その侵食した部分から、黒いものが広がっていく。

たとえば、今まで知らなかった負の感情とか、説明づかない劣等感とか。
「duce」だの「rank」だの、意味の分からない用語を並べられつつ生まれてきた、得体の知れない絶望感だとか。

そんな感情に苛まれている芹を、知ってか知らずか。
或いは、それを計らっていたかのように、男は芹の髪を乱暴に掴み上げた。

「い、たっ」

痛い。
そう伝えても、男は素知らぬ顔だ。

「アンタ、どうせvirginなんデショ。
最初が俺で良かったネ、痛みより快感を感じさせてあげる事も出来るし。
むしろ感謝して欲しいくらいだネ」

そう言い捨てて、男は芹の掴んでいた髪を更に引っ張った。
その痛みに、芹は姿勢のバランスを崩してしまった。

男は、髪の毛を引っ張ったまま、芹を再び布団の上に放り投げた。
先程とは比べ物にならない程に、乱暴な扱いだった。

「金は払ってやるヨ」

嘲り笑うように、男が言う。
男は目付きだけでなく、口調まで変わってしまった。

確かに、先程までの彼は、獣のようだった。
けれども今は、獣というより、ただ無機質な生き物になってしまったようだ。

「嫌だっ」

危機を感じた芹は、倒れた姿勢のまま布団から這い上がろうとした。
しかし、男は芹の後頭部を思い切り押さえつけた。

身動きがとれない。
うつ伏せのまま、布団に縫い付けられた。

呼吸がうまく出来なかった。
肺を強く圧迫されている。
顎もしこたま打った。

「お願い。
何かの冗談なら、やめて下さい」

ほんの一抹の希望に賭け、懇願する。
けれど、男は鼻で笑うだけだった。

「馬鹿言ってんじゃ無いヨ」

上着を再び引っ張られた。
芹は、剥ぎ取られないよう必死で掴んでいたが、男の力には適わなかった。
勢いよく服を奪われ、小麦色の肌が露わになる。
強く握りしめていたところを無理やり剥がれたせいで、服の生地の糸が解れ、皺が寄った。

「お、お願いします。
止めて下さい」

芹は、今度こそ動けなくなった身体で、僅かばかりの期待を込めて許しを乞うた。
男は、もう何も応えてくれなかった。

男の手が芹の腰を掴み、下肢に纏っていた衣類をずるりと引き抜いた。
下着も何も付けていなかった彼女の尻肉が現れると、男はそれを鷲掴みにした。

「ひっ」

その感触に、芹は大きく身体を震わせた。

背後で、男が薄くひっそりと笑う気配がある。
ぞくり、とした。
恐ろしくて、気味が悪くて、鳥肌が立った。

「お、お願いします。
お願いします、止めて」

聞いてくれる訳がないとしても、それ以外に言う言葉が見付からなかった。

男の長い指が、芹の奥ばった隙間へと滑る。
そして、尻肉を割り、閉じている秘口を広げる。

その感覚が奇妙で、余りに不気味で、何より、これから起きるだろう事を予測させて。
芹は、震える声で必死に拒否した。
首も根限り振った。

けれど、男はまだ潤っていない芹の奥へと、無理矢理指を捻じ込んでくる。

「や、あああっ」

体験した事のない圧覚に、芹は瞑っていた目を見開き、大きく声を荒げた。

下肢に広がる激痛。
細い針のようなものを、心臓まで突き刺された感覚。
「裂ける」というより、ぴんと張り詰めた壁に、薄い穴を開けられているようだ。

「止めてよおっ」

痛みに悶えながら、芹はもう何が何だか分からぬまま、とにかく大きな声で助けを求めた。
それ以外、何も出来なかった。

しかし、何処からも助けが来る気配はない。
防音などしていそうもない建物なのに、どうしてなのだろうか。
もしかしたら、最初からこうなる事が分かっていて用意された空間なのだろうか。

無理矢理押し付けられている頭が、がんがんする。
割れてしまいそうだ。
顎も痛くて仕様がない。

下肢には、発狂しそうな痛み。
まるで釣り針に掛けられた魚のようだ。

男は、芹の中に突っ込んだ指を何度か掻き回し、「ア、やっぱり」と言った。

「血が出て来たネ」

男は一人楽しげに零す。
苦痛に耐えている芹など、お構い無しだ。

彼は、本当に同じ人間なのだろうか。

余りに残虐な事をされるので、そんな事すら考えてしまう。

どうしてこうなったのだろう。
どうしてこんな目に合わなければならないのだろう。

そんな思いが、溢れては何処かへ消えていく。

いやらしい水音が下肢から聞こえてくるが、それはただの血液だった。
快感なんて、何処にもない。

「マ、いっか」

一頻り芹の股座を弄っていた男が、漸く指を引き抜いた。

「面倒だし、このまま行っちゃおうカナ」

そう言って、男はかちゃかちゃと音をたて、己の衣類を寛げた。
頭を強く押さえつけられているせいで後ろを振り返る事を許されていない芹は、今、背後で何が行われているかなんて分からなかった。
むしろ、シーツに押し付けられているので、奪われた視界の代わりに、聴覚が敏感になっていた。

衣擦れの音がした。
腰を一際強く掴まれた。

その与えられた情報だけで考えられる事は、幾ら無知な芹の思考でも、一つだけだった。
考えたくもなかったが、それ以外には思い当たるものがなかった。

そして、次の瞬間は無常にもすぐに訪れた。

「いやああああっ」

芹は、今までで一番大きな声を上げた。

それは、尻肉に何かが押し当てられていると思ったと同時だった。
ぶつりと何かが千切れる音をさせ、男は芹の中に押し入ってきた。

先程のものなど比べ物にならない位に全身を襲ったのは、重くて大きな圧迫感だった。
鈍くて、激しい痛みがあった。
今度こそ何かに思い切り裂かれる感覚があった。
今まで頑なに閉じていた場所を、無理やり抉じ開けられた気もした。

男は、芹の身体を気遣う素振りなど見せなかった。
ゆさゆさと、勝手なリズムで揺さぶられる。
身体は、相変わらず頭を中心に強く固定されていた。
暴れても、彼自身を引き抜く事など到底出来そうもない。

強い拘束の中、芹の尻肉に、男の恥骨が乱暴に当てられる。
ぐちゅぐちゅと水音はしているけれども、それ以上に芹の骨がごりごりと悲鳴をあげた。
内臓も、ぶちぶちと音を出した。

おそらく、男にもその音は聞こえていた筈だった。
けれども、それすらも気分を昂ぶらせるのか、男は更に強く芹を突き上げる。

下肢の方から串刺しにされているのが、顕著に分かる。
先程男が言っていた快感など何処にもない。
むしろ、その糸口すら見えてこない。

ただ、異物と熱と、痛みを感じる。

「確かに貰ったヨ、アンタのvirgin」

男は薄らと笑いながら、確かにそう言った。
それから、芹の後頭部から両股へと手を添えるように移動させ、更に動きを早めるべく体勢を正した。





TO BE CONTINUED.

2005.12.31


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