「彼氏からラインだ!」

飛び跳ねて喜ぶ見知らぬ女子高生を横目に、ふと自分の携帯電話を見つめた。

鳴る訳は、無い。
メッセージを送れる筈も無い。

普通の彼氏彼女じゃないのだから。
皆と同じ付きあい方など、出来る訳がない。

自分自身に言い聞かせていると、鞄からひょこりと緑蛙が顔を覗かせた。

「どうしたんじゃ」
「あ、いえ」
「どうもしけた顔をしとるな」

そう言われて、苦笑いを浮かべる。
上手に返す言葉が見付からなかった。

別に、不幸な訳じゃない。
幸せなんだろう、と思う。
不満がある訳じゃない。
満たされている筈だから。

それなのに、時に無性に感じるこの虚無感は何だろう、と思う。
同じ年頃の女子達を見る度に、自分だけが置いて行かれている気がするのは、何故なのだろう。

桜色の一陣の風が吹く。
気が付けば、目の前にはいつもの社。
待っているのは、大好きなあの人。

「蛇神様」

名前を呼べば、優しく笑む姿が眼前に溢れる。

愛されている。
愛されている筈なのに、どうして。

どうしてこんなに、私は寂しく感じているのだろう。

鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす [01]

「恐らく」

黙って雲一つない天を仰いでいると、赤蛙が呟いた。
振り向けば、青蛙も控えて居た。

「何だ」
「あの娘っ子」
「セツの事か?」
「そう、あの娘っ子ですがのう。
誰かを羨んでいるような気がして、ならんのですが」

そう言われて、「そうか」と返す。

蛙共に言われなくとも、最近、何となくだが気が付いていた。
我が愛しい娘の、一寸した変化。

「どうして、そう思う?」
「蛙の勘ですが」
「勘?
それでは大して当てにならないな」
「それは、そうかもしれませんが」

言いよどむ蛙の言葉を遮って、扇を広げる。
まるで、この話はもう終わりだとでも言わんばかりに。

しかし、口では反論していても、分かっているのだ。
蛙の勘が、ただの杞憂ではない事を。
根拠のある、列記とした観察の賜物だという事を。

社へと通じる入り口が、柔く渦を巻き始めた。
噂の人物が、今日も自分に会いに来てくれたのだろう。

出迎える為に、腰を持ち上げる。
彼女は、こちらの顔を見るなり破顔した。

「蛇神様」

いつもの笑顔に、いつもの声。
ただ、纏う空気が、ほんの少しだけ異なっている。

誰かを羨んでいるようだ、と。

蛙の言葉が脳裏を掠める。
思う事があり、数秒沈黙して、それからゆっくりと瞬きをした。

「待っていたよ、セツ」

手招きをして、笑いかける。
この娘の心の靄を振り払う為に、自分が出来る事を考えながら。





TO BE CONTINUED.

2016.05.10


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