リンカンニサケヲアタタメテコウヨウヲタク。

林の中で紅葉を焚き、酒を暖めて飲み、秋の風情を味わう事。

かむ
009/林間に酒を煖めて紅葉を焼く

赤蛙に助けられた節子は、結局社まで来てしまった。
しかし、いつものように蛇神が出迎えてくれている様子はなかった。
他の蛙曰く、今は湯浴み中だと言う。

赤蛙の案内で、節子は大浴場の方へ向かった。
入浴中に邪魔する事は憚られたが、赤蛙は構わず中に入れと言う。
節子は仕方なしにその湯浴み場へと入って行った。

中は、寝室と違わぬ程に広かった。
徳祥高校の教室を二つ、三つ合わせた程だ。
大きく切り開いた空間の中に、同じく大きな埋め込み式の檜風呂。
学校のプール程はあるだろうか。

その浴槽の横板に背を預けた蛇神が、節子の姿を見るなり表情を和らげた。

「ああ、セツ。
此処への移動も大分慣れたかい?」

入浴中だというのに、彼は常通りだった。
恥ずかしいという感情など持ち合わせていないのかもしれない。
逆に、節子の方が顔を真っ赤にさせてしまった。

浴場の隅には、青の少年と緑の少年が居た。
青蛙と緑蛙だろう。
各々手に楽器を持っている。
三鼓(さんのつづみ)という太鼓と、横笛だ。
先程まで、入浴を楽しむ蛇神に音楽を奏でて聞かせていたらしい。

「あ、あの、私っ」

節子はくるりと背中を向けた。
直視出来なかったからだ。
湯気が立ち込めているので、果たして彼が裸なのかどうかも分からなかったが、それでも見ていられなかった。

節子の狼狽ぶりがおかしかったのか、蛇神が笑う。

「此方へおいで」
「でも、でも」
「何も取って食ったりはしないよ」

節子の背後で、ざばりと派手な水の音がした。
蛇神が立ち上がったのだろうか。
益々振り返れなくなって、節子は嫌々と首を振る。

男の裸など、幼い頃に父のものを見た限りだ。
それ以外の他人のものだなんて、免疫が無い。

「裸は、ちょっと」

彼が全裸かどうかも分からなかったが、振り向けない理由を告げる。
蛇神は、「ああ」と頷いた。

「では、こうしよう」

「此方を向いてご覧」と言われた。
何か着るものでも羽織ってくれたのだろうか。

振り返った先、節子の期待も裏切られ、彼の上半身は衣類を着用していなかった。
下肢には緩い帯で簡単な浴衣を付けていたが、それだけだ。

蛇神の上半身は、細いながらも美しい。
水に濡れているせいで、淫らにも見える。
節子は蛸のように更に顔を染め上げる事になってしまった。

蛇神は、近くに置いてあった白の扇子を手にした。
そして、何やらぼそぼそと呟きながら、その扇を湯の上に放り投げた。

その瞬間、その扇は湯に溶け始めた。
白く溶け出した扇は、みるみる風呂内の湯を染めていく。
まるで入浴剤だ。
風呂内の湯全ては、数秒も立たぬ間に乳白色に仕立て上げられてしまった。

これが神の力か。

節子は、目の前で起きた手妻に目を剥いた。

「さあ」

蛇神が節子に手招きする。
上半身は未だよく見えるが、下肢の方は白く濁った湯のせいでほとんど見えない。

節子は、おずおずと其方の方に足を運んだ。

胸元が見えるのも問題だが、其方には出来る限り目を遣らないようにすればいい。
それに、彼自身が再度湯の中に漬かってしまえば、その胸すらも見えなくなる筈だ。

節子は蛇神が居る傍まで近寄った。
だが、蛇神は待ってましたとばかりに、その腕を掴んで引っ張った。

予期せぬ事に、節子は勢いよく湯の中に突っ込んでしまった。
湯自体はやや微温湯で、長風呂するには丁度良い温度だ。
しかし、そんな事を感心していられる訳もなく、びしょ濡れになってしまった節子は大声を上げた。

「ちょっと、何するんですか!」

節子の抗議を無視して、蛇神は節子の身体を腕の中に閉じ込めてしまった。
そして、後ろから抱き締めるような体勢で、湯の中に再度漬かった。

服を着たままで入浴をするなど、不快な事この上ない。
たとえ豪華な風呂であろうが、心地良い水温だろうが、落ち着かないのだ。

「気持ちがいいだろう?
薬湯だからね、肌も綺麗になれる」
「そんな事、頼んでないです。
服が」
「服ならば後で乾かしてあげよう。
大事ない」
「でも、そういう問題でもないんです」

こんな乱暴な事をされては、たとえ後で乾かして貰えると聞いても、節子の機嫌は直らない。
蛇神の為す事は、まるで小さな子の悪戯のようだ。

蛇神の戯れ心にぷりぷりと頬を膨らます節子に、蛇神自身もくすくす笑いを零し始めた。
彼は、節子の一挙一動すらもおかしいのだろう。

笑えば揺れる、彼の腕。
節子の背中には、他人の体温。

湯のせいでそれもほとんど定かでなかったが、しかし己をしかと抱きとめる腕は、確かに一男性のものだった。
このような男女の戯れに疎い節子は、椅子の背凭れのように彼に体重を預ける事が出来ない。
だからといって、きつく拘束されているお陰で抵抗も出来ない。

抱き抱えられたまま、肩を撫でられた。
肩から腕、腹まで触られた。
時折胸の辺りにも移動するが、以前のように確実に迫ってくる風も無い。

ゆらゆら揺れる湯が、ほのかに桃色に染まってきた。
この変化も彼の仕業なのだろうか。

「それにしても」

節子の膝を撫でていた蛇神が、ぽつりと言った。
彼の吐息が耳に掛かった。
どきりとする。
湯のせいか、或いは彼のせいか分からないが、総身がどんどん熱くなる。

蛇神が、ばさりと湯の中から腕を出した。
手に何かを持っている。

「近頃の若い娘の下穿きは小さいものばかりだな」

彼の言う事が分からなくて、節子は一瞬きょとんとしてしまった。
だが、彼がぶらりと節子の前で何かをぶらさげたので、すぐに理解出来た。

彼が持っていた物は、節子の下着だった。
しかも、今日穿いていたものだ。
黄色に緑の水玉が入った、小さな女性用ショーツである。

「それ、私のっ」
「こんな小さいものでは、秘所も隠しきれないのでは?」

慌てて手を伸ばして奪い返そうとすれば、彼はその下着をぽいと向こうの方に放り投げてしまった。
これでは届かない。
そういえば、やけに下肢付近がすうすうしている。
いつの間に剥ぎ取られたのだろうか。
下着を抜かれた感触は、全く無かったというのに。

蛇神が直接、股座に手を伸ばしてきた。
今度は触られている感覚がしかと分かった。

数日前の事を思い出して、身体が震えた。
太股を撫でる彼の手付きが、やけに厭らしい。

「やめて、下さい」

掠れた声で抗議した。
蛇神の淫らな手を必死に抑えた。
しかし、彼は止めようとしない。
それどころか、節子の耳裏をべろりと舐めてきた。
味見をされているようだ。

また、びりびりと電流が走った。
足の爪先から頭蓋の天辺まで、小さな静電気のようだ。

蛇神が耳裏に口付けてくる。
湯の中に入っているのに、彼の唇は何故か冷たい。
ちゅっちゅっという可愛らしいリップノイズだけが、耳に煩い。

その様子を見ていた蛙の少年達は、無言で浴場から出て行った。
此処にいては出歯亀だと思ったのだろう。
変な所でよく気が付く下使いだ。
今こそ邪魔をして欲しい時だというのに、彼らは蛇神の濫りがわしい行為の味方をした。

蛇神の手は、獲物を仕留める獣のようにじりじりと動いていた。
後ほんの数センチで股座の付け根という辺りまで来て、ぴたりと止まる。
そして、様子を伺うようにまた動き始める。

円を描いたり、螺旋状に走ったり、不規則で一癖ある動きだ。
蛇の蠕動運動にも似ている。

「嫌です、嫌」

これからされる事を想像して、また恥ずかしさと恐怖が沸騰し始めた。
涙さえ出る。

「今日もセツは私を拒むのかい?
寂しい事だ」

節子の頭に顔を埋め、蛇神は切なそうに呟いた。
その哀しげな声に、節子の心も不安定に揺らぐ。

だが、それも束の間だった。
彼は、節子の太股から手を離し、高らかに言ったのだ。

「セツはもっと近くに私を感じるべきだ。
こんな物、無くてもいい!」

その彼の言葉と同時、節子の制服達はみるみる溶けて消え始めた。
胸部を覆う下着も、どろどろと水に混じるように流れていく。

「服が!」

節子は溶けかけた衣類を掴もうとしたが、それも叶わなかった。
指の隙間からゼリーのように落ちていくリボン、セーラー服、靴下、下着。

それらは次第に姿さえも確認出来なくなった。
元の桃色の湯と完全に融合してしまったのだ。

お気に入りの制服は、跡形も無く消えてしまった。

「後で新しい物を作ってあげよう。
心配しなくてもいい」

怒っていいのか悲しんでいいのか分からなくなってきた。

蛇神は、何処か強引なきらいがある。
節子の意思もお構いなく、自分のいいようにだけ進めたがる。
口振りこそ優しいくせに、している事は結局彼の好き放題だ。

「こうとなっては、そなたの身体の一部さえも邪魔に思えるね」

予告もなく蛇神が強く節子の股に手を突っ込んできた。
先程の焦らす素振りも無かった。
急な事で、抗う暇もなかった。

細い指が、節子の陰に触れる。
先刻よりも大きな電気がばちばち走る。

「ひっ」

悲鳴が漏れた。
しかし、蛇神は節子の股座を然程弄る事は無かった。
ただ優しく掌で何度か撫でただけだ。
その上、すぐに離れてしまった。

蛇神は、節子の右手を取った。
今度は何をする気なのだろう。

「触ってみるかい?」

節子の腕を掴んだまま、その手を節子自身の股へ運ぼうとする。
自分で自分を辱めろというのだろうか。
節子は首を左右に振る。

「嫌です」
「いいから。
綺麗になったよ、触ってご覧」

強引に持っていかれた。
触りたくなどなかったのに、無理矢理だ。

だが、節子は彼の言った事をすぐに理解する事が出来た。
常とは違う、明らかな異変に気が付いたからだ。

節子の指の腹に触れたものは、自身の肌だった。
それだけだった。
あった筈のものが根こそぎなくなっている。
つるりとした自分の股座に、嫌な予感がした。

「何を」

何をしたんですか、と問いたかった。
だが、驚きの余り問えなかった。

拘束が緩くなったので、振り返ってみた。
蛇神は悪気もなくにこやかにしている。

「全て毛根ごと抜いてしまった。
もう二度とセツの下生えは出て来ないだろうね」

衝撃だった。
もう生えて来ないとは、どういう事だろうか。
神には、そんな不可思議な力まであるというのだろうか。

節子は自分の下生えに執着していた訳ではなかったが、大人になれば大概の女性が生えてくるものだという事くらいは知っていた。
それなのに、今の己の下肢は正に小さな女子のものだ。
中途半端に成長した性器だけが露になっている。

「何て事をしてくれるんですかっ」

今度ははっきりと文句を言えた。
勢いに任せて立ち上がれば、自身の裸が現れた。

すぐに恥ずかしくなって再度湯に漬かる。
赤くなったり青くなったりと忙しい節子に、蛇神は目を細めた。

「おいで」

湯を掻き分け、すいと蛇神が近付いてくる。
節子は後退りしたが、すぐに捕えられた。

頬を掴まれたかと思ったら、そのまま優しく口付けられた。
舌自体を侵入させてくる風は無い。
だが、ぺろぺろと口元を舐める彼の舌は、まるで許しを請う犬のようだ。

背に腕が回ってきた。
抗う術もなく、また絆されていく。

節子は、蛇神の胸の中に抱かれてしまった。
する事は時に性急過ぎるのに、どうして彼はこんなにも優しく接してくれるのだろう。
節子の中で、閉じていた何かが開きそうになる。

「そなたは裸のまま、生まれた姿のままの方が美しい。
下生えなど、そなた自身を隠すようなものだ。
そなたの全てが見えていないと、私も不安になるんだよ」

唇が離れても、彼の腕は解かれなかった。
頭を撫でられる。
どうしていいのか分からなくなって、節子も彼の背に手を回した。

思ったよりも広い背中だ。
さすが男性というべきだろうか。
幾ら細身の優男といえど、こうすれば節子よりも何倍も逞しく見える。

彼が余りにも優しいものだから、また怒るタイミングを逃してしまった。
この蛇神という男は、どうも節子の調子を崩すばかりだ。
心に堅く張っていた鉄の芯すらも容易く溶かし、思いのままの姿に変えていく。

「あの」

蛇神に身体を凭れさせ、節子は口を開いた。
もう二度と銭湯には行けない身体になってしまったが、それを考えるのは後だ。

「聞きたい事が」

顔を上げれば、いつもの端整な顔。

「セツの質問攻めにももう慣れた。
何でも聞いてご覧」

蛇神の声色は、今日も大らかだった。





TO BE CONTINUED.

2009.01.21
引用:故事ことわざ辞典・学研


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