今まで出会ったどんな熱血先生よりも厳しい私の教官。
その人の名前は…、

シン…、シン…、シンザン先生?

Just Marriage
013/指導教官

「遅い」

第一声がそれか。

内心突っ込みながら、私は渋々といった感じで一歩前に出た。
すると、目の前の男、シン何とかさんは、じろりと此方を見下ろしてきた。

「仕方ないじゃない。
お城って、結構広くて」
「誰かと待ち合わせしていたら、時間前に行けるよう早々にその場所を確認しておくのが礼儀だ。
貴様は、そんな基本も分からんのか」

遅れた理由を述べようとする私の言葉を遮って、つらつらと嫌味まで言ってくれた。
確かに待ち合わせは昼過ぎとか言っていたにも関わらず、今はすでに一時前だけども。
それでも、この世界に来て二日目の私に、その言い方は酷いんじゃないのかなあと思う。

そもそもお城は本当に驚く程に広いし、迷子にならない方が難しい。
私が今まで通ってきた学校なんか比ではない広さだ。
まあ、早速お友達になったリッたんにでも連れて来て貰えば良かったのだけど、彼もあの後忙しそうに図書室がどうだこうだと言っていたから、流石に引き止めるのも悪いと思ったのだ。

だから、色んなメイドさんや騎士さんに聞いて、やっとの思いで辿り着いた、この鍛錬場。
今思えば、昨日の時点でこのシン何とかさんが場所をきっちり教えてくれていたら、こんなに迷う事もなかったのだろうけれど、それを言ってはまた機嫌を悪くされるだろうから、黙っておくとして。

その目的の訓練場は、随分と城内の隅っこの方に設置されていた。
私の想像では、「鍛錬場」というくらいなのだから、道場みたいな和風な部屋を想像していたのだけど、其処はやはりお城の雰囲気を一切崩さないままで存在していた。

紺色をした大きな観音開きの鉄扉。
中央の取ってには、鎖で出来た飾りがチェーンみたいにぐるぐると巻かれている。
扉の上には、「いかにも訓練しますよ」という、剣を象った面格子まである。

そこの扉の前で、シン何とかって人は、腕組みをして一人で立っていたのだ。

謝るのも癪だったので、代わりに「始めるんでしょ」と一言私が言葉をかける。
すると、その無愛想な人は、黙って扉に手をやった。
鉄で出来ている様だったので、一人で開けるのは難しいのでは思ったけれど、存外軽々と片手で開けられてしまった。

扉を潜った先、広がっていたのは、学校の体育館くらいある、ただ広いだけの空間だった。
しかも、真っ白で綺麗なお城の雰囲気とは打って変わって、仄暗くて前が見えにくい。

上を見上げれば、どうやって浮いているのか分からないけれど、大小様々なキャンドルが幾つもあった。
照明はたったそれだけだ。
壁は真っ黒な冷たいコンクリートで、床も同じ様に黒っぽい大理石で出来ている。
よく目を凝らして見てみれば、蔦の様な繊細な模様が薄らと刻まれていて、至る所に傷の様な物も多々あった。
多分に「鍛錬場」というくらいだから、その際にでも傷が付いたのだろう。

かつかつとブーツの音を鳴らして奥へと進んでいく、シン何とかさん。
その背中に付いて行くと、彼は中央辺りでぴたりと止まった。
そこには、床から一メートル程の高さのシルバーの棒が飛び出しており、薔薇の花と蔦がくるくると絡まっていた。
棒は、一本だけではなかった。
似たような物が七本、私達の前に円を囲う様に立っている。
その円は大きさにして、大体直径十メートルだろうか。

その内の一本の棒の前で立ち止まったシン何とかさんに、私は剣をぶらぶらさせながら尋ねた。

「まずは何をすればいいの?」

私の問いに、彼は答える様子がない。
ただ腕を組んで上を見上げたり、下を見下ろしたりしている。

何だこの野郎、今度は無視か。

「ねえ、シン何とかさん」

つくづく思うのだけど。
こんなに感じが悪い人って、今まで会った事あったかな。

そう思いながら、私は彼をフルネームで呼んだ。
けれど、その肝心なフルネームはきちんと覚えられていなかったので、後半はかなり適当だった。
ラークさんは、この人の事を「シン」と呼べばいいと言っていたけれど、そんな愛称を使う気にもなれない。
こんな男にそんな可愛い呼び方をしたら、また「馴れ馴れしい」と怒るだろうから。

しかし、その呼び名に振り返ったその人は、また私をぎろりと睨んできた。
まあ、あれだけ適当な呼び方をしたら、不機嫌になられても仕様がないのだけれども。

「シンヅァンだ」

教えるのも嫌だと、むしろ吐き捨てる様にその人は言った。

まるで苦い物でも食べてしまった風な顔も、普通にしていればもっと格好良かったのかもしれない。
というより、こんなにも性格最悪な奴がこんな格好いい顔だなんて、ましてや私が見事にストライクな顔をしているのは、正直どうかと思う。

だから、何か言われる度に腹が立つには立つのだけれど、その顔を見ると、「畜生、顔だけはいいくせに」だなんて思ってしまう。

「はいはい、シンザンさんね」
「…シンヅァンだ」
「だから、シンザン、でしょ」

教えて貰った名前を、確認する様に私は繰り返す。
しかし、何を怒っているのか、シンザンさんは私の言った言葉を訂正した。

「ヅ」

まるで怒鳴るみたいに。
いや、実際激しく苛々しているのだろうけれど、シンザンさんはもう一度私に言った。

恐らく、名前の発音が若干違うと言いたいのだろう。
けれど、私からすれば、その発音の何処が違うのか全く分からない。

「ズ」
「ヅ、だ!
貴様は言葉の発音もまともに出来んのか!」
「はい?
何言ってんの、出来てんじゃん!
ズ、でしょ!」
「ヅ、と何度言ったら分かる!」
「だから、ズだって言ってんじゃん!」

眉間の皺を二倍にも三倍にも増やし、シンザンさんは声を荒げていく。
それと同じ様に、何回も訂正された事に私も腹が立ってきて、掴み掛かる勢いで返してやった。

シンザンさんは、またそれに言い返そうと口を開いた。
けれど、何を思ったのか、その口もすぐに閉じ、それきり私に言い返して来なくなった。
その代わりに、嫌味なくらい大きな溜息を一度吐いた。

「…もういい、シンと呼べ」
「シンさん?」
「一々さんなど付けんでいい、気色悪い」

手を左右に振り、もうこの話は止めだと言うシンザンさん。
けれど、昨日は私の名前を覚える気が無いとか何とかムカつく事を言っておきながら、自分の名前に対してのこの執着は何だと言い返してやりたくもなる。

中途半端に残った憤りを持て余して悶々していると、シンザンさんはまた向こうを向いてしまった。
銀の棒に手を翳し、小さな声でぶつぶつ何やら唱え始めている。
もしや黒魔術でも始めるのかと思った私は、一歩後退って距離を取った。
この男、嫌味も去る事ながら、中身もかなり陰険そうな奴だから、もしかして私を呪うつもりなのだろうか。

すると、突然。
真っ黒だった床に薄らと紫がかった色が、所々に滲み出て来た。
それは私やシンザンさんの足元だけでなく、至る所で灯っている。

その色はそのまま全体に広がる事なく、サークルを描く様に立てられている銀の棒がある方向へ、ずるずると集まり始めた。
まるで光のイルミネーションでも見ているみたいに綺麗なその光景に、私はぼうっと立ち尽くして眺めるしか出来なかった。

サークル内に集まった紫の光は、何度かぐるぐると渦を描く様に回って、次第に大きな一輪の薔薇の絵を描いた。
その余りに見事な催し物に、ほうっと感嘆の溜息が出る。

流石、ファンタジーな「妖魔」とかいう生き物だ。
これも、魔法か何かだろうか。

だが、そう感心していたのも、ほんの一瞬の間だった。

「いいいいい、烏賊(いか)?」

薔薇の絵の上から、ジジジと音を立て、三次元コンピュータグラフィックスの様に沢山のポリゴンが出てきた。
今度は何が起きるのかとわくわくしていると、其処に現れたのは、なんと超巨大烏賊だったのだ。

ぬらぬらと滑った白い皮膚に、飛び出て離れた二つの目の玉。
うごうごと動かす何本もの足は、絶対に烏賊以外の何物でもない。

よく見たら、皮膚も微妙に透けていて、中身が見えているところもある。
もしやあれは、烏賊の臓器とか、その類だろうか。

「ちょ、ちょっと!
これ、何?」
「貴様の相手だ」
「いや、烏賊なんですけど!」
「クラーケンだ」
「は?」
「クラーケンだと言っている」
「いや、だから」
「いいから、さっさとやれ。
うかうかしている隙に、殺されるぞ」

抗議する為に声を張り上げれば、くるりと私の方へ振り返ったシンザンさんは、事もあろうか私の首根っこを掴み、ぽいとその烏賊の居るサークルの中に放り込んでくれた。
いきなりな事だったので、私はべしゃりと床に落ちてしまった。
格好良く着地だなんて、出来る筈もない。
思い切り顔面をぶつけてしまった。

痛い、痛すぎる。
これが十代の女の子に対する扱いだろうか。

今度こそきっちり文句を言ってやろうと顔を上げる。
その瞬間、私は息を呑んだ。

ばちりと合う目、固まる身体。
だって、だって、だって。
目の前には、三メートルは優に超えそうな巨大烏賊が、私を見下ろしていたんだもん。

「ぎゃああああっ」

どうする事も出来ずに、私は手を目の前でクロスして、あらん限りの声で叫んだ。
腰が抜けているので、逃げる事も適わない。

烏賊が、手だか足だか分からない物を上に振り翳した様な気がした。
けれど、私がそれを分かっていたとして、対処出来る筈も無かった。
私は、生まれてこの方、剣道やフェンシングといった剣術に疎通するスポーツを一度もした事が無い。
経験があるといえば、高校でラクロス、中学にテニス、小学校でバトミントンといった可愛いものばかりだ。

だから、たとえリッたんに手渡された立派な剣があるとしても、それをどうにか駆使して戦うだなんて、出来る訳も無かったのだ。

ああ、私の命もここまでか!

私は、自分の人生の短さを呪った。
そして、こんな化け物の傍に私を放り投げてくれたシンザンさんを、心底恨んだ。

しかし、すぐに来るだろう痛みや衝撃は、幾ら待っても私に訪れる事は無かった。
一秒、二秒、三秒…、いや、十秒。
何も、起こらない。

どうしたのだろう。
覆った顔からおずおずと手を下ろせば、目の前に立っていたのは、真っ黒な人だった。
いや、正確に言えば、シンザンさんの背中が見えた。

「貴様は、この程度もどうにかならんのか」

そう言ったシンザンさんは、さっきまで腰に挿していた剣を抜いていた様だった。

何?
一体、何が起きたの?

辺りを見渡せば、やや離れた所に、ぴちぴち動いている無残な烏賊の足が数本。
勿論、その烏賊の体液だろう白い汁も散っている。
心成しか、磯の香りまでする。

「な、に…?」
「貴様の出来の悪さに呆れただけだ」
「はい?
何ですって?」
「馬鹿に何度も言う気は起きん」

馬鹿?
誰が馬鹿ですって?

そもそもこんな事になったのは、シンザンさんが私をいきなり烏賊の傍に放ったからで。
それ以前に、こんなデカい烏賊を何処からともなく呼んで来たからで。

腹がたった私は、仁王立ちしているシンザンさんに言い換えそうと、ふらふらする身体を何とか起き上がらせた。
別に何処かを傷付けられた訳ではないけれど、気分的にショック過ぎて、体重移動や力の入れ方がうまく分からない。

けれど、そんな私に、シンザンさんはがみがみと、まるで雷でも落とす様に言ってくれた。

「いいか、まず貴様は構えがなっとらん!」

このタイミングで指導を始めようというのだろうか。
そういう事は、普通、一番最初に教えてくれないと困る。

構えとか、剣の持ち方とか、そんな細かい事など一切口に出さなかったくせに。
むしろ、うんともすんとも言えぬ間に、即行で烏賊の前に放り出してくれたくせに。

余りに腹が立って、私は口をぱくぱくさせるしかなかった。

「基本は腰を低く、右足を前に、左足の爪先は右足の踵に並べる。
左足の踵は三十度、右足は紙一枚が入る程度に浮かし、左手は身体から拳一つ分離し、臍の高さで構えろ。
握り方も、右手は握手をする形で、その下に左手だ。
力を入れるのは中指、薬指、小指で、親指と人差し指は添える程度でいい」

どう返してぎゃふんと言わせてやろうかと考えている間にも、シンザンさんは訳の分からない説明を淡々と始めた。
だが、私の堪忍袋の緒はすぐそこまで切れかかっていて、その説明すらも受け付けない。

もうほぼやけくそと言っても過言ではなかったかもしれない。
怒りとか何とか色んな感情がすでに頭の天辺まで来ていて、毛穴から湯気でも出そうな勢いだ。

辛うじて理解出来た剣の握り方を実践すべく、一度柄を軽く握り直す。
すると、剣を握り締めたと同時、私はシンザンさんにどんと背中を押されて、気が付けばまた目の前に烏賊の顔があった。

「やってみろ」

シンザンさんに足を数本切り取られて、さっきまでは少し元気がなさそうにしていた巨大烏賊。
それなのに、その化け物は私を見るなり、まるでニヤリと笑うかの様に目を細めた。
いや、実際に烏賊が目を細めて笑うとか物凄くありえないのだけれども、でも本当に、腹が立つくらいに笑ってくれたのだ。

「ぎゃあああああっ」

先刻より至近距離で見た烏賊の笑い顔に…、いや、実際には笑ってくれなくても驚いていただろうけれども、私はまた大きな叫び声を上げた。
そもそも、構えだの、剣の握り方だの、そんな些細な事を教えられたところでどうこうなる訳がないのだ。

案の定、私は一ミリも動けないままだった。
いきなりこんな実践をやらされるだなんて思っていなかったので、「殺す気か!」と、心の中で思い切り叫んだりもした。
ああ、もしかしたら実際に言葉に出していたのかもしれない。

その直後、私が握っていた剣はいとも簡単に遠くへ吹き飛ばされた。
左の頬っぺたに、物凄い衝撃が走った。
ばちーんという激しい音もした。
それに、「あ、痛い」と思った瞬間、私の身体は面白いくらい宙に浮いていた。
不思議と、時間が止まっている様にも思えた。

もうこのまま、気絶でもしようかな。
いや、もしかして、今ので私って死んだんじゃないの?

やけに冷静な頭で思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
そして、次に来るだろう床の衝撃を待っていた。

しかし、私の身体は床に直撃する事なく、中途半端な所で浮いて止まった。
腰の辺りを、何かに拘束されているらしい。
何故だろう。
シトラスとカリビアンスパイスが混じった、落ち着いたウッディな香りがする。

何が起きたのかと目を開ければ、また一番に黒い背中が映った。
厳密に言えば、先程は下からその背中を見上げた様な気がするけれど、今回は上から同じ背中を見下ろしていた。
お腹も圧迫されていて、やや息苦しい。

少しだけ顔を横にずらせば、真っ黒なぼさぼさ頭をした男の後頭部が見えた。
もしやこれは、俵担ぎとかいう抱き方だろうか。

だらんとした自分の手を動かし、果たして己が生きているのか確認してみる。
うん、大丈夫だ。
私は生きてる。
またしても、このシンザンさんに助けられた感は否めないけれど。

はあ、という盛大な溜息が聞こえた。
そして、私を担いでいるその人は、数歩歩いて、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。

烏賊に殴られたであろう左の奥歯辺りはじんじん痛んで、全く感覚が無い。
もう何が何やら分からなくて、ただぼうっとその人の顔を見る。

すると、シンザンさんは、片膝を付いて私と視線を合わせてくれた。
そして、その姿勢のまま私の顎に手をやり、僅かに上を向かせてじっと目を覗き込んできた。

「…大丈夫な様だな」

眉間にちょっとだけ皺を寄せ、目を細めてその人は言う。
多分、私に聞いた訳ではないのだろう。
私の様子を見て、一人で納得しているだけなのだと思う。
けれど、私はその言葉に緩慢と首を縦に動かした。

シンザンさんは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、いつの間にやら鞘に収めていたらしい剣を、再度腰から抜く。
その時の鞘と剣が擦れる金属音は、妙に格好良かった。

「いいか、よく見ていろ」

それだけ言って、ちょっと前に教えてくれた構えなど全く取らずに、シンザンさんは烏賊と向き合った。
普通に立っているだけではなく、少しだけ烏賊に対して斜めに身体をずらしている。
剣も、片手で下にぶら下げたままだ。

見本を見せてくれるというのだろうか。
そうだとしたら、何故、先程教えてくれたばかりの姿勢を取らないのだろうか。
これでは、何の参考にもならないじゃないか。

そう思ったと同時、一瞬で全ては終わった。
シンザンさんが剣を下から上に振り上げただけで、烏賊の身体は真っ二つに割れてしまったのだ。

割れた巨体からは、真っ白い液体が気持ち悪い程に噴出した。
まるで噴水だ。

「ぎゃああああっ」

余りにグロテスクだったので、呆けていたのも忘れ、私は今日で三度目になる叫び声を上げた。
そうすれば、「喧しい!」と、すぐさま大声で怒鳴られた。

だからといって、黙っていられる筈もない。
飛び散った目玉、噴き出した内蔵、蠢く足。
それらを見ていて平然としていられる女の子が何処に居るというのだろうか。

私は、烏賊を指差して、ぎゃあぎゃあと喚き続けた。
その間にも、体液をかなり噴出した烏賊はへなへなとその場に倒れ、苦しそうに身体を動かしていた。
しかし、その悲しい最後の足掻きも、すぐさま終わってしまった。

それは、たとえ私の頬を思い切り殴ってくれた憎きモンスターだとしても、余りに哀れな終わり方だった。

「い、烏賊が!」
「だから、クラーケンだと言っ…」
「烏賊が、可哀想じゃない!」

私は、シンザンさんに涙ながらに訴えた。
実際はただの半泣き状態で、決して涙が出る程ではなかったけれど。
そして、烏賊が可哀想だったからなのか、或いは頬の余りの痛さに勝手に涙が滲んでいるのかも、定かではなかったけれど。

その私の言い分に驚いたのか、シンザンさんはやや目を見開き、私を見た。
それから、少し間を置いてから、またゆっくりと唇を動かす。

「これは、ただの幻影だ。
実際に生きている物では無い」

そう言って、シンザンさんは烏賊の方へと振り返った。
すると、見るも無残な烏賊の残骸は、姿を薄らと透明にして消えかかっていた。

「え、そ、そうなの?」
「ああ。
とはいっても、俺が過去に殺した物だがな。
この銀のポールに手を翳せば、その者が過去に戦った事がある妖怪の幻影が映し出される仕組みになっている。
要は、ただの俺の記憶だ」
「記憶…?」
「勿論、全てが全てこの様にデータ化出来る訳ではない。
低能な妖怪の様に、不特定で個々の自我を持っていない物に限る。
だから、俺が貴様を殺したとて、特定の生き物である貴様を先程のクラーケンの様に呼び出す事は出来ん」
「ふ、ふーん」
「まあ、記憶による召還の様なものだ。
実態は持っていない。
とはいえ、実際に生きていた頃と同じだけの能力を持っているから、己が殺される可能性は十分にあるがな」

剣を鞘に収めて、また私に向き合うシンザンさん。
いや、さん付けは気持ち悪いって言っていたから、シン、かな。

「立てるか」

剣を収めた方の手を、目の前に差し出される。
私は、思ってもみなかったその優しい言葉と対応に、どきんと胸を高鳴らせてしまった。

よくよく考えたら、さっきだって私を庇って烏賊の前に立ってくれたし、烏賊に吹っ飛ばされた時は、俵担ぎとはいえ、地面に落下する前に受け止めてくれたし。
放っておかれたら、床に思い切り身体を打ちつけていただろうけれど、それをちゃんと防いでくれた。

「た、立てます」

おずおずと返事する。

この人、本当はいい人なんだろうか。
ただ、初対面の人にはきつく当たってしまうだけなんだろうか。

そう思ったのも、束の間。

「では、次だ」
「は?」
「構えろ」

差し出された手を握ったと同時、今度は目の前に巨大蛙が現れた。
先程の烏賊に張り合う程のグロテスクっぷり。
しかも、今度は泥のにおいがする。

私は、そのスパルタ指導っぷりに、「鬼だ、鬼が居る!」と、ほんの少し芽生えかけた何かをふっ飛ばして、また泣きそうな叫び声を上げたのだった。





TO BE CONTINUED.

2007.05.22


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