さて、四択です。

一、僕に抱かれる。
二、僕とセックスする。
三、僕と性行為する。
四、僕に交尾される。

君は一体、どれがいいの?

Just Marriage
007/破天荒な男

まるでヨーロッパ貴族みたいな雰囲気を持つ、だだっ広い部屋。
半透明で薄紫色のカーテンが付いた、大きな…というより、大き過ぎるキングサイズの、真っ白な天蓋ベッド。
そのベッドの大きなヘッドボードに施された飾りは、派手過ぎず、地味過ぎず、何かの芸術品のようだ。

其処に思い切り身体を放り投げて、ふかふかでさらさらなシーツに頬を当てた。
まだ実感が沸かない。
むしろ、私は未だに理解出来ていなかった。

たとえば、ベージュの壁。
真っ白で可愛いローチェスト。
品のいいドレッサーとか、スツールとか。

今まで生きてきて見た事が無い程の大き過ぎる窓は、部屋の中に二つあった。
その片方には、豪勢なテラスまで付いていた。
勿論、その窓には真っ白なふりふりレースのカーテンまで付いている。

お姫様にでもなった気になってしまう。
余りに不似合いな豪奢な部屋に、自分だけが浮いているようだ。

此処は、つい先程、ラークさんに「貴女のお部屋としてお使い下さい」と通された、超豪華寝室だ。
どうやら、今日から私の個人部屋になるらしい。

やはり、実感が湧かない。
というか、これは今更になってやっとまともな思考が復活したというのだろうか。

何で私が此処の王にならなきゃいけないのかが分からない。
私は、お母さんのお墓参りに行っていただけだというのに。
ましてや、私はこう見えても一応、女なのに。

普通、王様というものは男の人がなるものなのではないだろうか。
女の人がなるのは、王女様かお姫様だ。
今だって、紛いなりにも私は学校の制服、いわゆるスカートも履いているし、胸だって小さいなりにもちゃんとある。

それなのに、何故か私は「王になってくれ」等と言われてしまった。

「妖魔」という存在も信じられなかった。
あれだけ人間っぽくて、普通に日本語を喋っているというのに、人間ではないだなんて。
そんなおかしな話、矢庭に信じられる訳がない。

確かに彼らは人間離れした格好良さを持つ人達ばかりだった。
その上、少しばかり辺な格好もしていた。
それでも、普通に考えて「人間外の生き物だ」と言われて、「はい、そうですか」とすぐに納得出来る程、私も出来た頭はしていないし、柔軟性だって無い。

一瞬、「こんな美形揃いの人達に囲まれて暮らすだなんて、幸せ以外何物でも無い」とか思ってしまったけれど、よくよく考えたらこの状況って単なる誘拐ではないだろうか。
家に帰りたくても、帰り道は分からない。
「ああ、お父さん大丈夫かなあ」とか、「もう会う事も出来ないのかなあ。借金地獄で首吊りとか、本当勘弁してよね」とか、そんな事を考えても、どうしようもない。
運良く帰れたとしても、「もう父親はこの世に居ません」だなんて事も有り得る。

そんな想像、考えただけで泣けてくる。
お父さんは私の唯一の血の繋がった家族だし、たとえどんなに情けなくてどうしようもない奴だとしても、それはそれ。
私にとって大事な人である事は変わりないのだ。
お父さんまで死んでしまったら、私はこの世に天涯孤独の身となってしまう。

容易に帰る事が出来ない、この状況。
だからといって、此処で皆に酷い扱いをされる風も無いのも事実。

厳密に言うと、シン何とかっていう無愛想な男だけは別っぽいけれど、それでもラークさんの雰囲気ではその様には見えなかった。
彼はきっと、優しい人の筈だ。
ただ、大して詳しい説明をしてくれていない分、大き過ぎる不安や妙な期待が、頭の中でごちゃごちゃになってしまう。

私は、どうなるんだろう。

そう一人で頭を抱えていると、窓の向こうでこんこんと控えめなノック音が聞こえてきた。
耳を澄ましていないと聞こえない程度の大きさで、まるで風に乗った何かが窓を叩いている様だった。

しかし、普通に考えて、窓をノックされるだなんてありえない事だ。
ノックをするならば普通はドア。
外から窓を叩くだなんて、おかしな話だ。

しかも、私はこの部屋に来るまで、随分と沢山の階段を上らされた事を覚えている。
此処はお城の中でも上層の方だ。
そんな高い位置にある部屋に付いた窓をノックするだなんて、普通では考えられない。
地に足を付けずにノック出来る筈がない。
たとえば、かなり背が高い人か、羽でも生えた化け物じゃないと出来ない芸当だ。

けれど、そんな「身長数百メートルある人間」も、「翼が生えたビックリ人間」も、この世に居るだなんて信じられないし、ましてや聞いた事もない。
たとえこの世界に「妖魔」という得体の知れない生き物が居るとしても、流石にそれは無理だろう。
高い場所のせいで強い風が吹いて、ほんの少し窓を鳴らしているだけだと考えるのが妥当だ。
そうだ、きっとそうだ。
それ以外に何が考えられるだろう。

一人納得した私は、その音にそれ以上興味を示さないまま、再度ベッドシーツに顔を埋めた。
シーツからはほんのりと甘い薔薇の香りが香った。
香水だろうか。

その甘い匂いに目を細めながら、ふと視線を上げて見る。
すると、チェストの上にも、細長いガラス花瓶に入った一輪の真っ赤な薔薇がある事が分かった。

私は、薔薇だなんて気障な花は正直余り好きではない。
自分にそんなものが似合うとも思っていない。
でも、その花は誰かが念入りに手入れしているのだろうか、儚げにも目を奪うほど可憐に咲いている。
私は、つい引き寄せられる様に手を伸ばした。

すると、その途端、先程までしていたノック音が更に大きくなった。
しかも、不自然にも一定のリズムを刻んでいる。

とん、とん、とん、とん、どん、どん、どん、どん。
繰り返すその不審な音に、私は目をやった。

今思えば、そもそも此処は日本ではなくて、ラークさん曰く、妖魔とかいう人間外の生き物が居る世界なのであって。
だから、その妖魔という生き物に羽がないとは言い切れない訳で、その羽のある生き物がドアをノックしている可能性も、大いにあったのだ。
或いは、恐ろしい程の身長の持ち主だって、居たのかもしれない。
私は、つい普段の常識で物を考えてしまって、大事な事をとんと忘れてしまっていた。

「うわああああああっ」

ノック音があった先に目を遣った瞬間、私は驚きの余り思いきり叫び声を上げた。
というより、反射で声を上げてしまった。

人が居る。
いかつい男の人が、窓辺に座って手を振っている。

余りに驚き過ぎて、「いつの間に居たんだ」とか、「何者なんだ」とか、そんな疑問も吹っ飛んでしまった。
元々ベッドの上に寝転んでいたから腰を抜かすという事は無かったけれど、それでもそれ程の衝撃だった。

私はこの部屋に来たばかりといえど、それでもその時は窓に人なんて居なかった。
人の気配すら無かった。

それなのに、その不法侵入者は、最初から其処に居た様に寛いで座っていたのだ。

たとえば、家に帰って、誰も居ないと思って思い切り足伸ばして、寝転んで、鼻穿って。
仕舞いには気も抜いて、お尻かきながらオナラでもしちゃったその瞬間、後ろにお客さんが居た事に気が付いちゃった…、なんて事、経験した事があるだろうか。
今の私は、まるでそれと似たくらいのショックを受けてしまったんだから、もうたまったものではなかった。
心臓が止まるどころではない。

「な、な、な」
「ハロー、初めまして。
やっと気が付いてくれた。
君が新しい城主かな?」

その男は、動揺してうまく言葉を発せない私を他所に、にこにこと手を振って話し掛けてきた。

声は少しハスキーボイスで、目を瞑って聞いてでもいたら、一瞬どきりとしてしまうかもしれない様なセクシーさがある。
でも、喋り方はやや軽快過ぎる気もして、ちょっとちぐはぐな感じが否めない。

黒くて艶々の長い髪は、簪でポニーテールにしていた。
身体は凄く筋肉質で色黒だ。
女の子がほれぼれする恰幅をしている。
女性雑誌では「抱かれたい体ナンバーワン」にランク付けされそうなくらいだ。

けれど彼は、何故か女っぽい派手な水色の花柄着物を着崩して羽織っていた。
その上、黄色い晒し、その下は黒のパンツ。
そして、皮のブーツ。
背中には、ベージュと茶色の日本刀らしき物。

和物が好きなのか、或いは洋物が好きなのか。
一見しただけでは分からない、これ以上無いってくらいに滑稽な格好だ。

私は未だ動揺を隠し切れなかった。

「な、な、な」
「それしか喋れないの、君」
「あ、いや、その」
「ま、いいや。
僕はね、エスク

ただでさえ人が居た事に驚いているのに、そのちんどん屋みたいな衣装にも中てられていた。
目をぐるぐるさせながら、私は何度か同じ様な訳の分からない単語を並べるだけだった。
けれど、相手は勝手に話を進めていく。

身軽にひょいと窓から飛び降り、床の上に着地する。
羽は、付いていなかった。
背も、多分に百八十センチとか、それくらい。
どう頑張っても、この上層部まで上って来られそうも無い。

「君の名前は?」

さも自然の流れのように名前を問われる。
けれど、いきなり現れておいて、互いに自己紹介を始めるだなんて。
こちらはまだ動転した気分が落ち着かないというのに、とてもそんな気分にはなれない。
それなのに、私は「樹咲雪ですけど」と、すんなり答えてしまっていた。

本当、この男は誰が見ても変態かと見間違える様な変な格好をしているのだ。
しかも、よく見ると癖のある垂れ目だ。
目の下にしている赤いラインの隈取も発色が良く、更に目を映えさせている。
私は、その瞳から目が反らせなかった。

たかが垂れ目だなんて思ったけれど、妙な目力がある。
不覚にも、胸がどきりとする。
何だか変に色気があって、気分が高揚してしまいそうになる。

だから私は、するりと暗示にかかった様に本名を出してしまった。
名乗ってしまった瞬間、しまったと口を押さえたが、時既に遅し。
別に「本名を明かすな」とラークさんに口止めされている訳ではないけれど、それでも彼らは機密だの何だのと言っていたので、今ここで他人に情報を漏らす事は一応やばいかと思ったのだ。

男は満足そうに言った。

「へえ、イッキーサッキー。
いい名前だね」
「い、いえ」
「って事は、日本人?」
「あ、いや、それは」
「そうだよね、君、日本人でしょ。
人間の日本人」

その人は、何処から出したのか、真っ黒な扇子を持って、ぱちんと小気味いい音をたてた。
それはとても様になっていて、たとえばこれがスクリーン上だったりなんかしたら、ちょっと惚れていたかもしれない。

しかし、「イッキーサッキー」って何だ。
「お猿のウッキー」じゃないんだから。

私は反論しようとした。

「いや、私は」
「別に隠さなくてもいいよ、誰にも言わないからさ」

私の言葉を遮る男。
見るからに、何から何までもが軽薄そうだ。
アクセサリーかと思ったが、よく観察して見てみれば、首元からぶら下げているのは御守りだった。
しかも、「交通安全」だなんて文字が書いてある。

「貴方は、何者なの?」
「僕?
さっきも言ったでしょ。
僕は、エスクっていうの。
特別に、君はエスって呼んでいいよ」
「いや、そうじゃなくて」
「僕、日本人って大好きなんだよ。
だから、君が此処に来てくれて、テンションも激的に上がっちゃったね」

床に着地したものの、窓際に凭れたまま、男は愉快そうに続ける。
そして、閉じた扇子でぺちぺちと自分の頬なんか叩いて、此方に視線をやってきた。

その物言いも行動も何もかもが絶句もので、私は「はあ」だなんて間抜けな声を上げてしまう。

「ああ、その様子じゃ、まだ何も話聞いてないんだね。
僕は、蝙蝠(こうもり)の妖魔だよ。
元上等騎士、いわゆるここの従者の中でのトップね。
で、今は放浪の身」
「はあ…」

一応身の上を説明してくれるものの、頭が付いて行かない。
ただ相槌を再度打ち返す事が出来るだけで、脳内は疑問符だらけになる。

幾ら此処が非現実的世界な所といえど、これはちょっと理解に苦しむのでは、と思う。
そもそも彼は、説明を省き過ぎている。
一人になってやっと冷静さを取り戻してきて、ただでさえ現状が理解出来なくてどうしようかと思っていた矢先なのに、益々訳が分からない事を言われてしまっては、理解枠のキャパシティを超えてしまう。

それに、蝙蝠って?
蝙蝠の妖魔って、何?

そういえば、確かにシン何とかって人も、「妖魔は動植物の化身」等と言っていた。
すると、この男は蝙蝠から妖魔になったという事なのだろうか。
そう言われてみれば成る程、真っ黒な髪は蝙蝠みたいだし、たまにちらちらと除く八重歯なんて、吸血鬼っぽくもある。

けれど、そのシン何とかって人は、「妖魔は人間を食べる」とも言っていた。
それは、無視出来ない問題だ。
もしそれが本当の事ならば、この現状はかなり危険かもしれない。
ラークさんみたいに紳士的な人ならともかく、このタイプの人はかなりデンジャラスな気がする。
「頂きます」なんて言いながら、頭からばりばり食べられてしまうかもしれない。

吸血鬼のように尖った八重歯も、私を食べる為のものなのだろうか。
そうだとしたら、今は確実に命の危機だ。

「ま、何はともあれ仲良くしようよ。
僕、君の事凄く興味あるし」
「いや、そう言われましても」

困惑して、どう返すべきか分からなくなる。

逃げるべきだろうか。
でも、一体何処へ?
この城の上層部にある部屋に外から侵入してくるような人を相手に、どう欺いて逃げればいい?

パニックになるのを必死に隠して、次の言葉を探す。
でも、出て来ない。
何を言ってこの場を凌げばいいのだろうか。

「何?
もしかして緊張してるの?」
「いえ、そうではなくて」
「じゃあ、何?」
「あ、はい。
いや、その」
「ま、いいや。
手始めに、ちょっとセックスさせてくれる?」
「はい…、って、ええ?」

想像もしていなかった事を言われ、思い切り声が裏返った。
え、何?
この人、何て言った?
セックスとか何とか、とびきり変な事を言い出さなかった?
そもそも、「食べる」って、そっちの意味で?

私の危険レーダーは見事に的中していたが、しかしそれが的外れな貞操の危機で、違う意味で驚いた。
これは冗談?
いや、本気?

おたおたする私に、その変な人はずかずかと…、厳密に言えば、ブーツをかつかつと鳴らして近付いて来た。
近くに寄られれば、長身色黒の威圧的な雰囲気に、物怖じしてしまいそうになった。

目力はやっぱり必要以上に凄くて、一瞬たりとも目を逸らせなくなる。
「不審者だー、誰か助けてー」と叫びたくとも、それすらも何故か出来ない。
じりじりとにじり寄られ、ただベッドの上で後退りするしか無い。

「そんなに逃げなくてもいいじゃない。
僕、巧いよ?」
「や、そういう問題じゃなくて」

ぎしりと軋むベッド。
近くなる変な人の顔。
直に吐息が掛かりそうな距離。

うう。
やっぱり目力が凄い、こいつ。
しかも、近くで見たら、結構いい男なんですけど。

そう相反する心境と、この逃げられない状況に、心拍数は益々上がっていく。
確かにその男の人は垂れ目で鱈子唇でゲジ眉ではあったけれど、それでも何か得体の知れない魅力を持っていた。

むしろ、これはこれでちょっと男らしくていいかもしれない。
着ている服は女物の着物で、どちらかというと「男らしい」っていうのも少し外れている気もするけれど、でも何ていうか、これは…。
というか、このままでは絆されてしまう。
絆されてしまいたくなる。

「サッキー、僕からそのまま目を離さないでよね」
「あ、あの」
「君はもう僕に夢中になる。
僕が目を逸らさない限り、君は僕の言い成りだよ」
「だから、ちょっと待っ…」

私の反論の言の葉が、途中で紡げなくなる。
顎を掴まれた瞬間、身体がぴくりとも動かなくなった。
一瞬くらりと脳味噌を揺らされた感覚があって、その直後に本当に目の前の男だけの事しか考えられなくなってしまった。
確かに「ちょっと格好いいかも」だなんてさっきは思ったけれど、そんなもの比ではなくなった。

何だか、どうなってもいいかもしれない。
このまま、流されてしまった方がいいかもしれない。

そう思ってしまう程に、私はこの目の前の男に魅了されてしまっていた。

それは、この世界にまだ全然頭が付いていけなくて、嵐の様に現れた男に唐突に掛けられた魔法。
何も分かっていないその時の私は、ただその男の事しか頭に浮かばなくなって、先程までの不安も疑問も期待も何もかもを、全て遥か彼方へとやってしまった。

どうしよう。
私、本当にこのまま食べられちゃうのかなあ。





TO BE CONTINUED.

2006.10.19


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