二人一緒に居るだけで、毎日が光り輝く。

きらきら、きらり。
君は僕だけの星。

NEW FACE! [03]

和菓子にも人間にも、幼少時代というものは訳隔てなくあるのだな。
あずきは、きび団子の王子の小さな肖像画を見て、ほっこりした気分になった。

あずきには、生まれたその時から今に至るまでの、沢山の写真がある。
それに伴う思い出もある。

けれど、きび団子の王子の子供時代を表す証は、今までに一度も見た事がなかった。
話には聞いていたものの、実際にその証拠を目にした事が無かったのである。
そのせいで、きび団子の王子は、この世に生を受けたその時から、その姿のままだったのかとさえ思っていた。

あずきは人間故、和菓子達の生態の細かい事情を知らない。
和菓子達にそれを聞いても、然も当たり前の顔をしてとんでもない事を言うものだから、どうも上手く把握出来ずにいる。
そのくせ、人間と変わらぬ点もあり、一貫性が無い。
益々理解出来ない。

小部屋からは、きび団子の王子の母であるいちご大福の唸り声が続いていた。
父である饅頭も、同じように苦しそうな声を上げている。
二人して大病を患っているのかもしれない。

あずきは、きび団子の王子の幼少自体を知った嬉しさと、そのきび団子の王子の両親を心配する両方の感情に苛まれていた。
まるで、大きな不安の中に、ぽこんと一箇所だけ浮いたピンク色のハートが浮いているようだ。
皆が気を塞いでいるというのに、不謹慎極まりない思いだ。

あずきは、頭を振った。
今は、純粋にきび団子の王子と、その両親の無事を祈るべきだ。
彼の子供時代を知れた喜びなど噛み締めている場合ではない。

扉の向こうでは、計り知れない痛みや苦しみがあるのだろう。
あずきは、その開かない戸をじっと見据えた。
それに合わせるように、きび団子の王子の手を握る力も強くさせた。
彼の手は、しっとりと汗ばんでいる。
表面こそ冷静なようだが、内心では遣り切れない不安に押し潰されそうなのかもしれない。
常に穏やかで取り乱す事も少ないきび団子の王子にしては、珍しい事だ。

そのまま待つ事、数十分。
きび団子の王子、チョコレートきび団子、かしわ餅、そしてあずきの間では、会話が途切れてしまっていた。
そのせいで、小部屋の向こうの唸り声ばかりが気になってしまう。

一際声が大きくなった。
がたがたと物音までするようになった。
誰かが暴れているのだろうか。
ただ何かが床に落ちただけなのだろうか。

あずきは、きび団子の王子の手を更にきつく握った。
もし、この戸の向こうに居るのがあずきの両親であれば、あずきはきび団子の王子のように落ち着いた素振りなど見せられないだろう。
両親の大病を喜ぶ子など居ない。
きび団子の王子も、必死で平常心を装っている筈なのだ。

「きび王子」

沈黙に耐え切れなくなったのか、かしわ餅が矢庭に口を開いた。

「何だい、かしわ餅」
「懐かしいですね。
以前もこうやって王様と王妃様を待っていた時がありました。
その当時のきび王子は、随分とそわそわしておりましたが」
「そうだったかい?
父上と母上が倒れた時なんて、前もあったかな」

きび団子の王子は、気丈に応えていた。
一見しただけでは、両親を心配している様など微塵も感じられない。

しかし、執事のかしわ餅は、きび団子の王子の台詞に何処か不思議そうな顔をして続けた。
王子の言葉に、引っ掛かりを覚えているようだ。

「その事ですが、きび王子。
きび王子は何か勘違いをしていませんかね」

かしわ餅がそう言った時、突然、戸が開いた。
重々しい響きと共に、非常にゆっくりした開き方だった。

現れたのは、汗をふんだんに掻いた饅頭の王だった。
肖像画のように人型は取っておらず、常の和菓子姿のままだ。

「父上!」

ばっときび団子の王子が立ち上がった。
饅頭の王は、「ああ」と今初めて息子の存在に気が付いたように緩慢と目線を動かした。
心成しか、疲れているようだ。
介護疲れだろうか。

「きび王子。
来ていたのか」
「大丈夫なのですか、身体は?
母上は?」
「ああ、少し休ませてやってくれ。
今はぐったりしているからな」
「ぐったり?
そんなにも悪いのですか!」

突然立ち上がった事で離されてしまった手。
あずきも、その手を再度握り直す為に立ち上がった。

しかし、きび団子の王子は、あずきを放ったまま、開いた戸の向こうへと翔ってしまった。
母であるいちご大福が居る部屋だ。
王に「休ませてやってくれ」と言われていたものの、そんな言葉も耳に入っていなかったらしい。

「母上!」

きび団子の王子は、一番に目に映った大きなベッドへと駆け寄った。
あずきもそれに続く。

だが、きび団子の王子は、びくりと身体を揺らして立ち止まった。
きび団子の王子が突然止まったものだから、あずきはその背にぶつかってしまった。
鼻も強打した。

きび団子の王子が、動揺して再度名を呼ぶ。

「母う、え?」
「まあ、きび王子。
来てくれたのですか」

きび団子の王子の心配とは裏腹に、母であるいちご大福は、とても穏やかな表情をしていた。
近くに、召使らしい年配の和菓子が数人控えている。
桶の中にさくら茶の水が張ってある。
沢山の八橋の布もあった。

召使の者の一人が、くるりと振り返った。
その腕の中には、小さな愛らしい薄桃色の団子が抱えられていた。
目を閉じて眠っているようだ。

「おめでとうございます、きび王子。
ご兄弟が増えましたね」

また違った召使が言った。
きび団子の王子は、目をきょとんとさせている。

「兄弟?」
「元気な女の子ですよ。
初めての妹さんですね」

そして、また異なる召使が言う。
きび団子の王子の肩に乗っていたかしわ餅が、「おお」と小さく声を上げた。

そこまで告げられても、きび団子の王子は合点がいかなかったらしい。
急に告げられた事に、どう反応すればいいのか分からないように、ただ呆然とするだけだ。

あずきは、強く打った鼻を押さえながら、その小さな薄桃色の団子を見てみた。
確かに、非常に可愛らしい。
睫毛が長くて、いかにも小さなお姫様だ。

「どういう事だ?」

きび団子の王子が独り言のように呟けば、背後に立っていた長身の男が答えた。

「母上は妊娠していたんだよ、兄さん」
「チョコきび」

チョコレートきび団子は、腕を組んで笑った。
狼狽しているきび団子の王子とは反して、以前よりこの事を知っているような口振りだ。

きび団子の王子は、むっとして口を開いた。
本気で怒っている訳ではなさそうだが、いい気がしている風でもないようだ。

「どうしてすぐに言わなかった」
「一寸した悪戯心だよ、すまない」
「悪戯心って、チョコきび」
「それに、兄さんが勝手に勘違いしていただけだろう。
俺は危篤だとか病だとか、そのような事は一度も言っていない」

然して悪気はないのか、おかしそうに言うチョコレートきび団子。
母であるいちご大福の傍に寄り、労う言葉を簡単に掛けてから、また兄であるきび団子の王子に向き直る。

「まあ、悪かったとは思っているよ。
兄さんの取り乱したところを見たくてね」

この弟の小さな裏切りは、予想外だったらしい。
きび団子の王子は、益々むすりとした。

「そんなものを見たって、何も面白くないだろう」
「面白かったよ。
俺の中で、兄さんはいつも完璧だったし。
一生に一度くらいは、慌てたところを見たくてね。
だから、面白かった」

さも当然とばかりに言うチョコレートきび団子。
彼の目には、大人気ない悪戯少年の光さえ宿されている。
けれど、あずきは、これが単なる悪戯だけではなかったのではないか、と思った。

次男であるチョコレートきび団子は、とても精悍で凛とした男だ。
誰もが憧れる、良い男の典型だろう。

しかし、兄は地でその上を行っている。
少々優男なところもあるが、芯は誰よりも強く、甲斐性もあり、非常に凛々しい男だ。
チョコレートきび団子が長く愛していたさくら餅姫も、その兄を慕っていた程だ。

それ故、チョコレートきび団子は、兄を尊敬の眼差しで見ると共に、何処か羨望の情さえも抱いていたのかもしれない。
憎む気持ちこそ無くとも、その完璧な面の皮を一度くらいは剥がしてみたかったのだろう。
或いは、自分に自信がなかったのかもしれない。

弟だからこそ生じる、兄に追い付きたい、あまつさえ打ち勝ちたいという小さな競争心。
このままでは、いつまで経っても兄に並べないとも考えていたかもしれない。
だからせめて、これくらいの意地悪は、と思ったのだろう。
完璧な兄に追い付くには、そして兄に代わってこの和菓子国を率いる者になる為には、その最大の難関とも言える完璧な兄の姿が、少しでも揺るぐところを見たかったのだ。

「まあ、何もなくて良かったが」

あずきは、きび団子の王子の作務衣の端を引っ張った。
あずきの一言に、きび団子の王子も一度軽く息を吐いてから、「そうだね」と相槌を打った。

弟にしてやられてしまった。
兄であるきび団子の王子は、チョコレートきび団子に苦笑して見せた。

「名前は?」

小さな桃の団子を掌に乗せ、きび団子の王子は母であるいちご大福に問うた。
いちご大福は、その小さな新しい命を見て、数秒考える。

「白桃きび団子、かしらね」
「じゃあ、桃きびか」

きび団子の王子の手の上で、「桃きび」と呼ばれた白桃きび団子は、小さく身動ぎした。
そして、覚束ない目を開け、きび団子の王子を見上げる。

「桃きび」

再度呼び掛ければ、その小さな命は嬉しそうに転がった。
人間とは異なり、生まれたばかりの和菓子は、泣くだけの生き物ではないようである。

きび団子の王子は、白桃きび団子をいちご大福の枕元へと置いた。
母を認識した白桃きび団子が、その温もりに擦り寄る。
いちご大福も、新しい子に愛しそうに頬擦りした。

きび団子の王子が、「それにしても」と口を開く。

「父上も母上も、高齢なのに子を産むだなんて。
全く」

仕方が無い所業だな、と付け足す。
いちご大福は破顔した。

「御免なさい。
でも、いつまでも夫婦仲がいいという事は、喜ばしい事でしょう」
「それはそうだけど」

年甲斐もなく、ときび団子の王子は言いたそうだった。
それもその筈で、長男であるきび団子の王子は疾うに成人を越しているのだ。
そんなにも大きな息子を持っているくせに、父と母は、また小さな子を為してしまった。

新しい兄弟が出来るという事は純粋に喜ばしいが、本来ならば、父母も孫が出来てもおかしくない年だ。
息子としては、やはり身体の心配をしてしまう。
高齢であれば、出産によるリスクも高い筈だ。

それ以前に、未だに両親二人がそこまで仲がいい事に、少なからず驚いた。
その内心を読み取ったように、いちご大福は目を細める。

「貴方の父上ときたら、年など関係ないようです。
その血を受け継いでいるのだから、貴方とて年を取っても同じようになりますよ」

きび団子の王子は、微妙な面持ちをして返した。
男として、いつまでも現役というのは嬉しい事なのだろうが、それを実の父によって実証されるのは些か複雑というものだ。

しかし、確かに自身に漲る程の精力がある自覚はあった。
ただ、それにあずきが応えてくれないだけなのだ。

あずきは生娘だ。
そのせいで、最後の一線をどうしても越えさせてくれない。
未知の領域に足を踏み入れたくないと首を振るのだ。
心根が優しいきび団子の王子も、そこを押し切る無理強いが出来ない。

「ねえ、きび王子」

母は続けて息子へ話し掛けた。

「貴方達の子供は未だなの?」
「それは」
「そうだよ、兄さん。
あずき義姉さんの懐妊は未だなのか?」

チョコレートきび団子も、母に便乗する。
きび団子の王子は、言い難そうに口篭った。

これまでほとんど黙って聞いていたあずきも、皆が話している内容に赤面した。
このままでは、きび団子の王子が良からぬ事を言い兼ねない。

「結婚式だってしていないでしょう。
私も、自分で子供を産んでいて何ですが、孫の顔も見たいのですよ」

いちご大福が、おっとりした口調で、けれど歯に衣着せずに言う。
いちご大福やチョコレートきび団子は、あずきに未だ子が出来ないのは、きび団子の王子のせいだと思っているらしい。

義母に「不甲斐ない息子で御免なさいね」と言われ、あずきも作り笑いを返す事しか出来なかった。
本当は、あずきが悪いのである。
あずきが、きび団子の王子の誘いを断り続けているせいだ。

それ以前に、あずき程幼い子が、果たして無事に妊娠出来るかどうかも分からない。
勿論、和菓子と人間の間に子供が出来るかどうかも不明なままだ。

「あずき」

意を決したように、きび団子の王子はあずきへと向き直った。

「は、い」

びくりとするあずき。
その手を取り、きび団子の王子は言う。

きび団子の王子の目は、いつになく真剣だった。
嫌な予感がする。
あずきは、顔を引き攣らせた。

「こうなっては、皆の期待に副わなければ」

きび団子の王子は、更に強く手を握って声を張り上げる。
母も「その粋ですよ」などとけしかけてくる。

「さあ、今すぐ帰って、僕達も子作りに励もう」
「な、何言っとんよ!」

もう完全にスイッチが入ってしまったきび団子の王子に、あずきは抗議した。
しかし、当の男は、もはや聞いていないようだ。

こうなっては、無理矢理にでも持っていかれない。
あずきは焦った。

「一姫二太郎なんて言葉もあるけれど、僕はそんなものに拘るつもりもないよ。
男でも女でもいい。
いや、この際、産めるだけ産もう。
十人でも二十人でも、子供は多い方がいい。
僕も寝る間を惜しんで頑張るからね!」

やはり良からぬ方向に進み始めてしまったきび団子の王子は、否応なくあずきを横抱きにした。
そして、母と弟、肩から下りた執事に向かって宣言する。

「すぐに子の顔を見せる。
待っていてくれ」

高らかに言いのけるきび団子の王子。
貞操の危機に、あずきは叫んだ。
その声に、今まで眠っていたマスカットきび団子が、はっとして目を開けた。
横を向けば、今回の朗報を聞いたらしい洋菓子国の姫、エクレア姫が居た。
恋人であるマスカットきび団子の目覚めを待っていたらしい。

城の中に、あずきの悲鳴が響き渡る。
和菓子国は、今日も平穏だ。
勿論、きび団子の王子が居候している千阪家も、セクハラだの何だのと喧しく騒ぐ日々を続けながら、平和な日々を送ったとか。

はてさて、二人が本当に意味で夫婦になれるのは、いつの話なのやら。





END.

2008.12.31


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