きび団子にも、幼き頃があった。
その幼き子を育て上げた両親にも、様々なドラマがあった。
和菓子とて、恋をする。
恋をして、愛を育み、年老い、新たな世代へと未来を託していく。
NEW FACE! [02]
和菓子国に着いてすぐ、次男のチョコレートきび団子率いる一行は城へと向かった。
あずきが此処に戻るのは三ヶ月ぶりだった。
饅頭型をした城は変わらず大きく、でんと構えている。
「今、戻った」
今やこの和菓子国の皇太子となった次男・チョコレートきび団子は、門番のもみじ饅頭へと軽く挨拶した。
もみじ饅頭は、今日も爪楊枝を片手に門の番をしている。
和菓子のくせに、なかなか頑とした頼りになる兵である。
チョコレートきび団子と、その後に続くあずき達を見て、すぐさま頭も垂れてくれた。
城内に入れば、饅頭城の甘ったるい香りが広がっていた。
入り口付近では、落ち着きを失った執事のかしわ餅が、ホールを行ったり来たりしている。
王である饅頭と、その王妃であるいちご大福の事が心配なのだろう。
しかし、城に戻って来たチョコレートきび団子を見るなり、かしわ餅はほっとしたように顔を綻ばせた。
そのまま駆け寄ろうとして来たが、その途中で、チョコレートきび団子の後ろに、嘗てのこの国の王子きび団子と、その婚約者あずきが居ると分かったらしい。
かしわ餅は、城仕えの者とは思えぬ大きな声を上げた。
「きび王子!」
かしわ餅は、久しぶりに見るきび団子の王子に感動しているようだった。
丸い和菓子のままの身体で、それこそ転がるのも跳ねるのも間誤付く程、急いできび団子の王子の元までやって来た。
飛び付くようにかかって来たかしわ餅を見事にキャッチし、きび団子の王子は笑った。
この和菓子国の者達は皆、和菓子の姿をしていたが、きび団子の王子、次男のチョコレートきび団子、そして三男のマスカットきび団子は、先まで人間界に居た名残か、未だ人型を取っている。
そのせいで、本来であれば和菓子同士の微笑ましい再会になっていたのだろうが、きび団子の王子とかしわ餅という、大きな人型と小さな和菓子では、些かバランスが崩れていた。
しかし、当のきび団子の王子も、執事のかしわ餅も、そんな事は気にしていないようである。
「久しぶりだね、かしわ餅」
「きび王子、お元気そうで何よりです。
その後、お変わり有りませんか」
「この通りだよ。
人間界でも、上手くやっている」
ちさか屋の作務衣を着たきび団子の王子は、正しく良い職人にも見える。
若干優男なところもあるが、それは生まれ付きなのだから仕方ない。
かしわ餅は、「きび王子なら、何をやっても立派にやられると思っておりました」と、今にも涙を零しそうな勢いで堰を切った。
かしわ餅は、口煩い執事でもあるが、昔よりきび団子の王子の面倒を見ていた兄役でもあった。
きび団子の王子とかしわ餅は、然程年が変わらない。
その為、きび団子の王子が小さかった頃は遊び役として、大きくなってからは教育係として、この城にずっと仕えて来た。
きび団子達三兄弟の中で、一番深く付き合っているのも、長男のきび団子の王子であった。
次男のチョコレートきび団子や、三男のマスカットきび団子の世話も行っているが、やはり一番手を掛け、一番長く居たきび団子の王子の存在は、何処か別格のようだった。
日頃、クールでそつなく仕事をこなすかしわ餅だが、ここ数ヶ月、きび団子の王子と離れていたのは、少々堪えていたらしい。
かしわ餅が、まるで実の子の成長を喜ぶようにおいおいと声を上げている様を、次男のチョコレートきび団子も眉を下げて笑うだけだ。
「それよりも、父上と母上は」
かしわ餅の感動の波はきりがないようで、一頻り再会を喜び合ったきび団子の王子は、話を切って次男に問うた。
いつもであれば、きび団子の王子をいの一番に迎え入れてくれそうな父親、饅頭の姿が、此処には無い。
これはやはり、余程体調が悪い証拠なのだろう。
「向こうだよ、兄さん」
チョコレートきび団子は、奥の廊下を指差した。
その先には、ひっそりと小さな個室がある。
きび団子の王子は、未だ目頭を熱くさせているかしわ餅を肩に乗せ、其方へと足を向けた。
そのきび団子の王子の作務衣の端を、くいとあずきが引っ張る。
「なあ、きび王子」
「何だい、あずき」
「マスきびさんが」
あずきは、後方を向いて言った。
其処には、つい数秒前まで起きていた三男のマスカットきび団子が、また居眠りを始めている姿があった。
しかも、今回は立ちっ放しである。
その上、中途半端に足を浮かせ、歩行の最中に石化したような体勢だ。
普通の人であれば、このような格好で眠ってしまうだなんて、不可能に違いない。
だが、この三男は、それをやる器用な子だった。
「放っておけばいいよ、いつもの事だ」
きび団子の王子は、「行こう」とあずきの手を取り、奥の部屋へと進んだ。
城仕えのメイド達が、立ち尽くしてぐうぐうと寝ている三男に驚いている。
しかし、流石、きび団子の王子は兄弟故、その長い付き合いで分かっているようで、三男を起こそうとはしなかった。
そのままにしていても、いつかは起きるだろうと高を括っているのだ。
長男同様、次男も全く気にしている風が無かった。
実際、三男のマスカットきび団子は、好きな時に寝て、好きな時に起きる。
たとえ外出している間でも、眠りたい時はそのまま寝てしまう。
目が覚めたら夜更けだった、などという事も頻繁だ。
それでも、立派に外交をこなしているというのだから、驚きだ。
その腕は、遥か洋菓子国にまで届いている。
城の最奥の部屋は、しんと静まり返っていた。
何か良からぬ事が起きているのかもしれないと、あずきは思った。
握ったきび団子の王子の手も、この城に来る前より強張っていた。
戸を開ける。
其処には、幾つかの丁度品が並べられた、小さな空間があった。
そのまた先に、扉がある。
その奥に、きび団子の王子の父である饅頭と、母であるいちご大福が居るのだろう。
「父上、母上」
きび団子の王子は、二つ目の戸をノックして、その先に居る相手へと呼び掛けた。
その直後、「入って来るな!」という、父の切羽詰った声が返って来た。
どきりとして、きび団子の王子は扉から身体を引いてしまった。
あずきも驚いて、派手に肩を揺らした。
「どうしたんだ。
母上の調子が悪いのか?
父上は、看病しているのか?」
困惑した顔で、きび団子の王子は後ろに控えていたチョコレートきび団子に問い質した。
チョコレートきび団子は、緩く首を振り、近くにあった椅子へと腰を下ろした。
戸の向こうでは、いちご大福らしい声がか細く聞こえる。
何やら唸っているようでもある。
息苦しそうだ。
「とりあえず、此処で待っていよう」
呆然と立ち尽くした長男のきび団子の王子に、次男は座るよう促す。
その冷静な言葉に、はっとしたきび団子の王子も、近くにあった抹茶カステラのソファへと腰掛けた。
あずきもその隣に身体を落ち着ける。
どきどきと不安に高鳴る胸とは裏腹に、ソファはふわふわして非常に心地良かった。
もなかのローチェスト、くるみ餅のサイドワゴン、かりんとうの花瓶。
きび団子の両親が心配ながらも、その調度品の数々を見て、あずきは懐かしいなと、三ヶ月前の事を思い出した。
突然きび団子の王子に連れて来られ、和菓子国に滞在した数日。
初めての成人男子の裸、初めてのキス、初めての誘拐、初めての告白、プロポーズなど、目まぐるしい様々な事があった。
当時は、その矢庭で奇天烈な展開に尻込みもしたが、今となっては良い思い出だ。
全体的に、きび団子の王子に流されて此処まで来てしまったような気がしないでもないが、それなりに幸せも与えて貰った。
誰かに愛され、愛するという喜びも知った。
時に、嫉妬という醜い感情も湧き出て来るが、それも恋の醍醐味なのだろう。
いつかは、このきび団子の王子と、本当に結婚する日が来るのだろうか。
不謹慎ながらも、あずきはぼんやりと未来予想図を思い描いてみた。
今は未だ想像も出来ないが、饅頭やいちご大福のように、常に一緒に寄り沿う夫婦になるのだろうか。
あずきにとって、その夫婦のスタイルは、理想像にも思える。
しかし、その理想の二人が、今は苦しんでいるらしい。
扉のその先は見えないが、辛そうな声は未だ続いていた。
時に、いちご大福だけではなく、その夫である饅頭も唸っているようだった。
今にも掻き消えてしまいそうなその二人の声は、途絶え途絶えになっている。
すぐにでも事切れてしまいそうだ。
互いに酷い病に伏せているのだろうか。
或いは、本当に腐り掛けているのだろうか。
誰かに齧られてしまったのだろうか。
あずきの心は、ずんと重くなった。
もし、饅頭といちご大福に何かがあれば、きび団子の王子は悲しむだろう。
そんな顔は見たくない。
きび団子の王子は、笑顔がとても似合う男だ。
ふと、目の端にそのきび団子の王子に良く似た人が映った。
だが、紛れもなく女性だった。
柔らかそうな赤と桃の髪を緩やかに纏め、淡い色のたっぷりと膨らんだドレスを着ている。
美しい大輪のようだ。
それが誰なのか分からなかったあずきは、ちょいちょいときび団子の王子を突いてみる。
「きび王子」
「ん?
あずき、お腹でも空いたのかい?」
「そうじゃねえけど、あれ」
きび団子の王子は、あずきが何か話し掛ける度に、お腹が空いたのかと尋ねてくる。
それにも慣れてしまったあずきは、軽く彼の言葉を交わしてから、気になっていた女性を指差した。
厳密に言えば、その女性が描かれた、大きな画だ。
窓一つ分程もある枠に、沢山の花に囲まれて笑う女性の絵は、とても美しかった。
その横に、女性を支えるように立っている凛々しい男も居る。
此方は、次男のチョコレートきび団子に似ていた。
「ああ、あれは父上と母上だね」
「え?」
「若かりし頃だよ。
最近は見ていないけれど、昔はよく人間の姿で城外を歩き回っていたらしいからね」
その時の肖像画だ、ときび団子の王子は教えてくれた。
成る程、そう言われてみれば、そのようにも見える。
今まで、饅頭といちご大福の人型など見た事なかったあずきだが、未だ若かった頃は、二人も目を見張る程の美男美女だったらしい。
いちご大福と共に居る若い饅頭は、白の長い髪を後ろで一つに束ねていた。
端整な顔は、世の女であれば誰しもが感嘆の溜息を吐きそうな程だ。
次男のチョコレートきび団子も非常にいい男だが、その饅頭はそれより更に鋭さを増した面構えをしていた。
特に、きりりとした眼は見たもの全てを射抜き、粉々に砕き、虜にしてしまいそうな強さを持っている。
恐らく、今のチョコレートきび団子よりも、些か年がいった頃の肖像画なのだろう。
人間でいうところの、二十代後半程だろうか。
毅然とした中にも、落ち着いた色も宿している。
しかし、不思議な程に、その父である饅頭ときび団子の王子は、全く似ていない。
三男のマスカットきび団子も、片鱗すら持ち合わせていないようだ。
その代わり、母であるいちご大福と瓜二つならしい。
「いい男」と表現するより、「美青年」、或いは「美少年」と表すべきだ。
あずきは、隣に居るきび団子の王子と肖像画を見比べて、言いにくそうに言葉を濁した。
「なんか、ちょっと」
「僕は母親似だろう?
父とは似ていない」
「う、うん」
あずきの言いたい事が分かったのか、きび団子の王子はにこやかに微笑んだ。
確かに、長男と三男は母から、次男は父からの遺伝子のみを受け継いでいるようだ。
考えてみれば、性格もそのように思えてくる。
きび団子の王子は、比較的穏やかな性質だ。
時に頑固になる事もあるが、大抵は温厚な傾向にある。
三男のマスカットきび団子も、マイペースで和順な子だ。
これは、やはり母譲りなのかもしれない。
それとは打って変わって、次男のチョコレートきび団子は、容姿だけでなく、性格も雄々しい男だ。
そして、さくら餅姫に長い間想いを寄せるという、燃えるような熱情も持ち合わせている。
もしかしたら、王である饅頭も、若い頃はその熱を持ってして、いちご大福を妻として迎えたのかもしれない。
そう思って再度肖像画を見てみれば、そこには華やかなドラマがあるような気さえしてきた。
両親の肖像画の横には、また違う絵があった。
金髪の小さな男の子が、沢山の和菓子型玩具に囲まれている姿だ。
今度は、説明されなくても分かった。
その金髪の少年は、非常に三男に似ている。
実質的には、今の三男よりは幾つか年下の頃のようだが、笑った顔に名残がある。
「それは、僕が幼い頃だね」
きび団子の王子が説明してくれ、やはり、とあずきは思う。
きび団子の王子の幼き頃は、真に幼気ない円らな少年だった。
くりくりと丸い目に、ふくよかな手。
子供特有の愛らしさをふんだんに孕んだその子は、今、成長して、立派な成人となっている。
「きび王子って、マスきびさんと似とる」
「まあ、兄弟だからね。
僕と三男のマスきびは母親似、次男のチョコきびは父似だ」
その部屋にチョコレートきび団子の幼き頃の絵は無かったが、あずきには何処となく想像出来た。
このきび団子の王子とは違って、チョコレートきび団子は、幼き頃から凛々しき子だったに違いない。
きっと、将来有望な光をすでに負った、凛とした少年だ。
室内で玩具を使って大人しく遊ぶよりも、外で翔り回っていたのかもしれない。
きび団子の王子とあずきの会話を黙って聞いていたチョコレートきび団子は、目を伏せ、腕組みをしたまま、小さく笑った。
まるで、昔の思い出に浸っているようでもあった。
TO BE CONTINUED.
2008.12.19
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