エッチな人は嫌いじゃし、セクハラとかいうのも慣れんけど、
きび王子の事だけは、ちょっとだけ「好き」、なのかな。
ダーリンはきび団子☆
013/ラブ・カーニバル♪
「い、痛え」
「あずき、力を抜いて」
「痛えって」
「ほら、息を吸って、吐いて、吸って」
「痛え」
「リラックスしてご覧」
「だから、痛えって言っとるじゃろー!」
バチコーンと派手な音を立てて、全裸なきび団子の王子は勢いよく張り倒された。
その見事な張り手と同時に、端整な人型もただの丸い球形に戻ってしまう。
あずきは、はあはあと荒い息をしながら、箪笥に叩き付けられた小さな和菓子を見た。
潰れてはいないようである。
だが、思いのほか強かにぶつけたせいで、形は些か不恰好に歪んでいた。
「また今日もやっているのか。
仲がいいもんだな、あの二人は」
「本当、毎朝毎晩、一体何をやってるのかしらね」
あずき達がたてた豪快な音に、階下に居るあずきの父と母はハハハと笑った。
弟の栗太郎は、用意されたオヤツが和菓子である事に、剥れ面をしている。
洋菓子を買って来いと言える相手が傍に居ないから、その不機嫌さも一入だ。
使い走り兼、姉であるあずきは、未だ二階の私室から起きて来ないのである。
さて、場所は岡山。
遡る事、一年前。
漸く我が家に帰って来られたあずきは、一緒に付いて来たきび団子の王子を放置する訳にも行かず、実家へと連れ帰った。
常に球形の形を取り、隠れたペットのように住んで貰えば問題ないだろうと思ったのだ。
だが、きび団子は、事もあろうか、あずきの両親の前で変身を解いてしまった。
そして、告げたのだ。
自分の正体も、此処数日あずきが行方不明だった訳も、何故自分が付いてきているのかも、何もかもを。
突然居なくなった娘を心配して、警察に捜索願を出していたあずきの両親は、あずきとの再会に甚く喜んだ。
それと同時に、考えられない生き物をあずきが連れて来た事に、目を白黒させた。
しかし、元々楽観的な性分だったのか、父は怒るどころか、すんなりきび団子の王子を受け入れてしまった。
母も、整った顔をした彼氏を連れ帰った我が娘に、「よくやった」と鼓舞する程だった。
それからは、きび団子の王子は、一日の大半を人型として、あずきの実家の家業、ちさか屋を手伝う事となった。
今では立派な従業員で、娘の婿候補、いわゆる跡取り息子である。
和菓子嫌いの弟、栗太郎だけは懐こうとしなかったが、きび団子の王子の人気っぷりは、町の人に非常に良かった。
そのせいで、金髪優男の美丈夫は、瞬く間に看板息子となった。
近所のおばちゃんのほとんどは、きび団子の王子を目当てに買いに来ていると言っても過言ではない。
近頃では、おばちゃんだけに限らず、若い娘も多くなった。
何だかんだとありつつも、こんぺいとうの加護か、平和な毎日があずきときび団子の王子には待っていた。
ちなみに、一年経った今でも、二人は未だ一線を越えられずに居る。
途中まではきび団子の王子が試行錯誤して持って行くのだが、最後の最後で激痛に耐えられないあずきが暴れてしまうのだ。
そして、冒頭の流れに到る。
痛みに耐え兼ねたあずきがきび団子の王子を張り倒し、きび団子の王子は球形になって飛ばされ、その度にあずきの家では小さな地震が起こった。
だが、その騒ぎも慣れたもので、あずきの父も、母も、二人に深く突っ込む事もなければ、嗜める事もない。
今日も恒例の行事を終えたあずきは、箪笥の前で無残に転がっているきび団子を傍目に、用意していた作務衣を着た。
下ろしていた髪の毛も、きゅっと上方で縛り、三つ編みにする。
お気に入りの手拭いはリボン代わりだ。
バリエーションが増えた縞々タイツを穿けば、もう完璧に仕事モードである。
忙しい家業を手伝う為、階下の和菓子屋へと向かった。
あずきが持ち場に着けば、遅れてきび団子の王子も下りて来た。
つい先程まで球形で床に伸びていたというのに、仕事場に入れば、立派に働く人間だった。
腕だって、かなりいい。
仕事中は、長い金の髪が商品に入らないように、後ろで緩く纏め、簪で止めている。
作務衣も、父のお古であったが、十分板に付いていた。
「お早う、あずき、きび王子。
早速だけど、あずきはそっち、きび王子はこっちを頼むよ」
「はーい」
「はい、分かりました」
父に指示され、あずきは出来上がったばかりの団子を持ってショーケースに並べた。
店の中は、たかが一和菓子屋だというのに、物凄い繁盛振りである。
実は、きび団子の王子が来て以来、このちさか屋には、きび団子の王子を目当てにしている女性以外の客も増えた。
いわゆる、変わっている人、というのだろうか。
今までは一度も来た事のない、何処か妙ちきりんな連中がこぞって来るのである。
今だって、暴走族なのだろうか、白い特攻服を着た若い男が、会計の為に並んで居た。
連れとして、関西弁を喋る、軽そうな輩を連れている。
外見はちゃらちゃらしているくせに、こんな団子などを食する嗜好を持っているのだろうか。
店の外には、大きなバイクが止まっている。
恐らく、それに乗って来たのだろう。
入り口の方では、黒髪の女と色素の薄い外人男のカップルが居た。
その異国の男は、黒髪の女の尻に完全に敷かれているようだった。
女に「団子を全種類買って来い」と言われている辺り、顎でこき使われているのかもしれない。
それに、男も「甘い物は好きじゃない」とか何とか片言で抗弁しているが、相手には取り合って貰えていないようだ。
ショーケースの前では、ガラス中の和菓子を全て買い漁る勢いで注文している青年も居た。
ふわふわした髪の毛で、おっとりした喋り方をしている。
しかも、ただの和菓子に、一つ一つ変な名前まで付けているようだ。
余程の甘い物好きなのだろうが、いい年をした男が嬉々としてスイーツを眺める様は、何処かおかしくもある。
「此処で人気の美味しい団子、適当に詰めて貰える?」
ぼんやりと今日の珍客達を眺めていると、いつの間にか、あずきの目の前に、色黒で高身長の男が立っていた。
長い黒髪をポニーテールで縛り、何故か女物の着物を破って着ている。
一目見て、おかしな出で立ちだ。
「あ、は、はい」
突然声を掛けられて、あずきは慌てて商品へと手を伸ばした。
ちさか屋一番の売れ筋、きび団子を、数個摘んで袋に入れる。
昨夜遅くにきび団子の王子が仕込んだ物も、中にはある。
「大人数で食べるかもしれないから、多めにね。
あ、後、烏や猫が食べたら吃驚するようなの無い?」
「烏や猫?」
「無いならいいんだけどね。
あれば面白いと思っただけで」
変てこな事を言い、大柄の男は笑った。
もしや動物虐待でもする気なのだろうかと訝しんでも、男の方はさも気にしていない風である。
本当に、このちさか屋には珍らやかな客が増えた。
勿論、その全てがきちんと売り上げに繋がるのだから、来店を拒む事など出来ないが。
滑稽な客を見送って、あずきはまた忙しく店内を翔り回った。
最近では、近所の釜焼きシュークリーム屋「マ・シェリ」も、跡取り息子が出来たそうで、非常に繁盛しているらしい。
マ・シェリを経営していた夫婦には子供が居なかったが、養子を取ったようなのだ。
噂によると、その養子も、きび団子の王子と張る程の美形との事。
ちさか屋が忙しくなったせいで、あずきはその後取りを見た事はなかったが、田舎な地元が賑わうのは、とても喜ばしい事だと思っていた。
ばたばたと動き回り、次から次へと来る客を捌き、菓子達を陳列させ、また客の相手をする。
時折盗み見るきび団子の王子は、持ち前の愛想で、群がる若い女性客の対応をしていた。
きび団子の王子は、未だあずきのみにフォーリンラブで、他の女に見向きもしない。
しかし、こうやって己以外の女性、しかも到底適わない可愛らしい女性に接客している様を見るのだけは、あずきは慣れずにいた。
嫌な感情だなあ、とあずきは思う。
史上最高の幸せと喜びを手に入れると同時、醜い感情までもが付いてくる恋心。
きび団子の王子と出会って、もう一年も経ったというのに、この不可解な気持ちは未だ心の奥で鎮座している。
学校にお弁当を届けてくれた際など、同じクラスの女子どころか、隣クラス、上級生、下級生が黄色い声で騒ぎ、教師までもが色めき立ち、非常に不快だった。
美形の恋人を持つというのは、決していい事ばかりではない。
そのせいで、仮初の「親友」という名の知人まで増えてしまった。
きび団子の王子の容貌に岡惚れした女達は、皆、あずきと友達になりたがったのだ。
今までは「千阪さん」と呼んでいた人達が、ある日突然「あずきっち」「あずあず」などと、馴れ馴れしい徒名を付けて呼ぶようになった。
皆の下心が余りに露骨過ぎて、煩わしい以外何物でもなかったのだが、人のいいあずきは、それらを蔑ろにする事も出来ない。
フラストレーションが日々募っていくというのに、きび団子を手放す事が出来ない。
あずきの温まった恋心は、日に日に膨らんでいく。
今だって、どんなに嫉妬していても、「和菓子国に帰れ」とは言えない。
だから、心中で「その男は、人間じゃないんだから!好きになっても無駄なんだから!」と、女達に対してがちゃがちゃ文句を言う事しか出来ない。
吐いた溜息の行き場は、何処にも無い。
仕方がないので、あずきはきび団子の王子の姿が見えない外へと出て行った。
店の窓ガラスでも拭いて、少し気分転換をすれば、靄がかった心も増しになるかもしれない。
寧ろ、見たくない物は見ない方がいいと、そう思ったのだ。
忙しさにかまけて長い間掃除していなかった外ガラスを雑巾で軽く拭けば、薄灰色に濁った面が透明に光った。
余りの変化ぶりに面白くなったあずきは、また違う面をきゅっきゅっと強く擦ってみた。
すると、こびり付いていた泥や埃達は綺麗に剥がれ、更に光る板が現れた。
あずきは、次のガラスに取り掛かった。
掃除というものは、一生懸命やればやる程、無心になれるし、突き詰めてやれば面白いものだ。
心まで洗われるようである。
だが、三枚目のガラスに手を遣った時、その雑巾を持つ手に重なる大きな掌があった。
白い肌の、成人男子のものだ。
振り返れば、顎を軽く押さえられ、口付けられてしまった。
すぐに甘ったるい香りが口内に拡がった。
この一年間、毎日味わっている、よく知った甘味である。
口の中を弄り始めた舌に応えれば、顎に置かれていた手が移動し、身体自体を抱き止められた。
公道だというのに、あずきはついそんなものも忘れて、男の手管に酔ってしまった。
「僕の目の届かない場所に行ってはいけないよ、あずき。
心配するだろう?」
唇を離せば、嗜めるようにきび団子の王子は言う。
そもそもはお前に原因があるのだとあずきは言い返しそうになったのだが、自分の嫉妬を見せるのは何処か恥ずかしくて、素直にこくりと頷いた。
先程まできび団子の王子に群がっていた女の客共は、突然見せられたラブシーンに、驚愕とも怒りとも見られる息を漏らす。
そして、勝ち目が無いと思ったのか、興が冷めたのか、各々四方へと散って行った。
きび団子の王子は、何処か人と掛け離れた性を持っているので、人前で戯れる事に羞恥心を感じないらしい。
それは、きび団子の王子に限らず、和菓子国の者の大抵がそのようであった。
少なくとも、あずきのよく知った和菓子達の大半である。
実は、和菓子達は、あずきの居る人間界と頻繁に行き来が出来るらしく、一応人型を取った和菓子達が、あずきやきび団子の王子に会いに来る事は多々あった。
例えば、人間界に遊びに来た門番のもみじ饅頭が、あずきときび団子の門出を祝って、喜びの歌を道の真ん中で熱唱した。
チョコレートきび団子が、端整な顔をしているくせに、派手なマントを付けたまま闊歩していた。
通り行く人達は、そんな奇人を物珍しそうに見たものだ。
けれど、和菓子達は微塵も恥ずかしさを感じていない。
寧ろ、誇り高く胸を張っていた。
人間の姿になるのが面倒だと、和菓子姿のままの者も居た。
中でも、マスカットきび団子が、あずきの通学鞄に入っている事が何度かあった。
それも、何故か教科書全ては消えていた。
鞄に入る前に、律儀にも全部を出してから侵入したようである。
お陰で、その日のあずきは、隣クラスの友達に、全教科のテキストを借りる羽目となった。
何をするでもなく、王の饅頭が洗濯機の上に乗っていた事もある。
動いている洗濯機の中に落ちてしまえば、和菓子の饅頭にとっては命取りになるので、あずきは慌てて饅頭を居間へと移動させた。
そんな事をしていたら、炬燵の上でのり巻き煎餅を見付けた。
風呂桶で、汁粉沼の白玉団子が浮かんでいた事もある。
そのような慌しくも暇をしない毎日を過ごしているあずきには、どんな時でも、きび団子の王子が傍に居てくれた。
和菓子国での約束通りに、片時も離れず、あずきを全身全霊で愛してくれる。
あずきの方は、未だ嫉妬の扱い方に慣れていないが、それでも幸せは感じていた。
どんなに他の女と接している現場を見て苛々しても、きび団子の王子はそれ以上にあずきを大事にしてくれるし、優先してくれるのだ。
「あずき、何をしていたんだい?
掃除?」
「う、うん。
窓でも綺麗にしようかな、と思って」
「じゃあ、僕も手伝おう」
「きび王子は、中を任せられとんじゃねん?」
「中なら、もう大分落ち着いたよ。
僕は、あずきの傍に居たい」
抱き止められたまま、チュッチュッとこめかみに口付けられ、あずきはくすぐったそうに身動ぎした。
そのあずきの反応が面白かったのか、今度は額や鼻の上まで唇が落ちてきた。
きび団子の王子特有の、和菓子の甘ったるい匂いが全身を包む。
あずきは、とろんと目蓋を下げながら身体を任せた。
しかし、きび団子の王子に手を回そうとした途中で、やっとあずきは通りの人達が自分達を見ながら目を剥いている事に気が付いた。
顔を赤くしている小学生。
口を手で覆っている女子高校生。
眉間に皺を寄せているサラリーマン。
そうだ、此処は店の前。
数多の人が行き交いする、公道なのである。
一気に我に返ったあずきは、またとんでもない豪快な音を立てて、目の前の愛しい恋人を張り倒した。
きび団子の王子は、不細工な声を上げて、軽く数メートルは吹っ飛んで行った。
身体は辛うじて人型なままだが、コントも甚だしい飛ばされ方である。
和菓子きび団子屋老舗店舗、ちさか屋の娘、千阪あずき。
この娘は、こうして毎日騒がしくも楽しい日々を送っている。
初恋を知らぬまま生きてきた十四年。
今では、セクハラが頻発とはいえ、一応「フィアンセ」を持った十五歳になった。
勿論、未だ生娘の清い関係を続けているので、きび団子の母、いちご大福が望んだ子供の予定は当分無い。
そもそも、和菓子と人間の間に子が成せるかも不明なままだ。
きび団子の王子は、せめてやる事はやっておきたかったのだが、一年経った今でも、あずきの余りに強固なガードを崩せずにいる。
途中までは何とか持って行けても、最後の最後が上手く運べない。
お子様なあずきの恋人であるきび団子の王子の悲願が叶うのは、まだまだ遥か先なのだ。
それは、田舎の岡山であった、ひょんな出来事。
あずき家とちさか屋は、今日もわいわいと賑やかにやっている。
このまた数日後、噂になっているシュークリーム屋の美形跡取りとやらが、「今度こそ俺様のザーメンがたっぷり入ったシュークリームを食わせてやるぜ」と現れてからも、ドタバタやりながら、幸せで甘ったるく暮らしたとか。
END.
2008.09.20
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