きらきらきら、お空には輝くばかりの沢山の星。
はらはらはら、雲からは色とりどりの数多の雨。
ふわふわふわ、目の前には誰よりも愛しい君。
本当に美しいのは、どれなんだろう?
そんなもの、聞かなくても分かっているんだけどね。
ダーリンはきび団子☆
011/こんぺいとうの雨
「もうすぐ着くからね」
人型のきび団子の王子に背負われているあずきは、「うん」と控えめに相槌を打った。
シュークリームの王子が居る洋菓子国の城から出て数刻、あずきときび団子の王子は、徒歩で和菓子国へと帰っていた。
綿菓子のきん斗雲に、人間であるあずきは重すぎて乗れなかったのだ。
だが、きび団子の王子は、嫌な顔一つもせずに、初潮を迎えたばかりのあずきに無理をさせてはならないと、その大人になりつつある身体を負ぶって歩いていた。
その上、作務衣が破かれたあずきの肌が露出してはいけないので、己が付けていたマントで、まるでバスタオルを巻くように衣類の代わりにもしてくれている。
やはり、シュークリームの甘ったるい香りより、きび団子の懐かしい香りの方が、随分と落ち着く。
あずきは、きび団子の王子の背中に乗ったまま、ぼんやりとそんな事を考えていた。
きゅっと腕に力を入れれば、何かあったのかと思った男が「ん?」と優しく問うてくれる。
それだけで、あずきはとても幸せだった。
洋菓子国から和菓子国の城へ帰るには、山のような寒天の崖を登って越えるか、その谷に掛かっているかりんとうの橋を渡るしかない。
かりんとうの橋は、大人数十人が同時に歩いても大丈夫な、酷く安定した大きな橋だ。
下には、玉露の水が流れている。
「あ、すみません」
その橋を越えている際、きび団子の王子とあずきは、やけに慌しく駆けている青年と擦れ違った。
青年というより、少年にも何処か近しいようだ。
つんつんと跳ねた短い緑の髪の毛に、犬のような目が印象的だ。
「あ、いえ、こちらこそ」
衝突した訳でもなかったのだが、一応詫びを入れられたきび団子の王子も、咄嗟に同じように謝った。
すると、その直後に、また新しい声があった。
その方を見れば、白髪の男がにこりと笑っている。
「私の部下が申し訳ありません、一寸急いでいたもので。
ぶつかりませんでしたか?」
「はい、問題ありません」
「そうですか、それは良かった。
そちらのお嬢さんも、大丈夫ですか?」
その白髪の男は、緑髪の青年の非礼を再度、代わりに詫びてきた。
美術品のように整った顔に、片眼鏡を掛け、やけに上品な喋り方をする紳士だ。
しかし、突然そのような美丈夫に話しかけられたあずきは、恥ずかしくなってきび団子の王子の背中に隠れてしまった。
きび団子の王子も十分過ぎる程に美麗だが、この目の前の男はまた違った、何処か近寄り難い美しさがある。
「恐がらせてしまいましたね、申し訳ありません」
若干眉を下げて再度非礼を詫びるその白髪の男に、きび団子の王子は「いえ、とんでもない」と、あずきを負ぶったまま頭を下げた。
きび団子の王子は、和菓子国の皇太子であるにも関わらず、きちんと礼儀も出来た男だ。
驕る態度は決して取らない。
白髪の男は、そのまま緑髪の青年と一緒に、あずき達とは正反対の方向へと向かって行った。
遠くになってから、「気を付けて走りなさい」と、白髪の男が緑髪の青年に嗜めている声が聞こえた。
「和菓子にも、人間の姿をしとる人、結構居るんじゃなあ」
丁度、和菓子国と洋菓子国の中間を越え、橋の六割程も渡った頃、あずきはぽつりと呟くように言った。
その言葉に、きび団子の王子はくすりと笑う。
「先程の人達は、和菓子じゃないだろうね」
「え、そうなん?
じゃったら、洋菓子じゃった?」
「いや、洋菓子でも無いと思うよ。
あずきには一寸、複雑な種族かな」
馬鹿にするでもないが、小さな子に説明するようにきび団子の王子が言えば、あずきは「ふーん」と納得したきり、それ以上口を開かなかった。
きび団子の王子に対して怒りなど感じなかったが、それ以上聞いても、自分が理解出来ないだろう事も、何となく分かってしまったのだ。
それから、大きな背中に乗ったまま、ゆらゆら揺れているあずきは、ぼんやりと先程までの事を考えていた。
実際には、ここ数日の事を思い返していた。
突然、和菓子国という奇妙な世界に来てしまってから始まった、変てこな出来事。
きび団子という和菓子にプロポーズされ、饅頭のお城に行き、その他和菓子の動き回る様を見た。
普通の感覚を持った人間では、考えられない展開ばかりだ。
その後も、危険だと言われる汁粉沼に行き、金の玉を探し出した。
そして、一応恋のライバルでもあるさくら餅姫に、打ち勝つ事も出来た。
だが、これで良かったのだろうか。
纏らない頭で、あずきは己の気持ちを整理してみた。
今まで、学校に通っていても、恋らしい恋などした事がなかったあずき。
それなのに、こんな所でなし崩しに、それも人間外の生き物と結婚など決めてもいいものだろうか。
自分がきび団子の妻になるのは、少々難しい気がした。
しかし、ライバルであるさくら餅姫にその座を渡すとなれば、それはやはり嫌だった。
今まで大事にしていた掛け替えの無い物を、手の届かない場所まで持って行かれるようだった。
それは嫌だ。
絶対的に嫌なのだ。
出来るものであれば、きび団子の優しい眼差しは、恋心のベクトルは、常に己に向いていて欲しい。
そして、一生、末永く続くものであって欲しい。
これはもしかして、恋というものなのだろうか。
シュークリームの王子に攫われた時は、本気で恐怖を感じた。
きび団子に助けて欲しいと思った。
ベッドに押し倒され、服を剥ぎ取られた瞬間は、もうきび団子の事しか考えられなくなっていた。
こんな筈じゃなかった、とも思った。
それどころか、もしこんな事をするにしても、相手はきび団子でないといけないと、そんな事まで考えた。
初めて身体を重ねる相手は、きび団子であって欲しい。
きび団子にも、自分以外の女を見て欲しくない。
そう思う気持ちは、紛れもなく恋なのだろう。
恋でないとすれば、果たして何なのだろうか。
あずきは、「恋」という言葉以外に、その気持ちを整理する答えを知らない。
ただの「執着」だとか、幼稚な「独占欲」だとか、そんな陳腐な単語ではすでに片付けられない気持ちなのだ。
きび団子の背中に身体を預けたまま気が付いてしまった曖昧な気持ちに、あずきは恥ずかしいやら嬉しいやらで、何とも言えない心地になっていた。
鼻腔一杯に拡がる、きび団子の匂い。
世界で一番好ましい匂い。
洋菓子に比べ、和菓子という物は非常に質素で、シンプルだ。
しかし、この優しい甘さを持った和菓子こそが、あずきは何よりも好きだった。
洋菓子の砂糖と油の固まりの甘さも捨てきれないが、それでも一番近くに居て欲しいのは、この懐かしさと柔らかさを持った和菓子だった。
否、最早、食べ物を嗜好するだけ感情では片付かなくなっている。
例えば、あずきがきび団子を「ただの一食物」として好いているだけなのであれば、たとえきび団子がさくら餅姫と一緒になろうがどうだろうが、気に揉む事はなかった筈だ。
それに、シュークリームの王子に組み敷かれた瞬間に、きび団子の王子の事も思い出さなかっただろう。
全ては、一男に対しての感情だ。
つまり、これはすでに恋なのだ。
そうか、やはり己はきび団子の事を好きだったのだ。
きび団子に恋していたのだ。
そう納得すれば、浮ついていたあずきの心は、すとんと静かに落ち着いた。
落ち着いたと同時、今度は違う高鳴りが始まった。
恋と決まれば、残る道はただ一つ。
己は、この王子の妻にならなければならないのだ。
あずきは、胸を針で刺されて痛いような、むず痒いような、それなのに頬の筋肉は壊れてしまったように緩み、頭がかっかと熱くなった。
手や足の爪先が痺れて、じんわりと汗が滲み出る。
しかし、決して不快ではない。
寧ろ、このままずっとくっついていたいとさえ思ってしまう。
相手が自分の旦那様になる相手だと思うと、運命の人になってしまうのだと意識すると、嬉しくて恥ずかしくて、叫び出しそうにもなった。
長い長い橋の七割も歩いた頃には、空に沢山の綿菓子雲が覆い始めていた。
先程まで酷く晴れていたというのに、上空はピンク色の曇天空となっている。
あずきは、火照った身体を誤魔化すようにそれに手を伸ばしてみたが、そんな近くに雲が浮かんでいる筈もなく、掌はただ空を掴むだけだ。
「お腹が空いたの?」
雲を掴むように手をぶらぶらさせているあずきに、きび団子の王子はすぐに気が付いて聞いてきた。
それに、あずきは「ううん」と首を横に振る。
何故だか、お腹が空いている卑しい子と思われるのが、酷く恥ずかしいような気がした。
恋に自覚してしまったあずきの心は、とても目まぐるしく様々な方向に転がっていく。
嬉しかったり、恥ずかしかったり、やはり嬉しかったり、でも居心地が悪かったり、傍に居て欲しかったり。
それを知らないきび団子の王子は、然して変わらぬトーンで言葉を続ける。
「雲が大分出て来たんだね」
勿論、あずきは悟ってしまった恋心に対する照れ隠しで手を伸ばしていただけだ。
実際には全く空腹でもなかったので、それを誤魔化すように返す言葉を選ぶ。
「雨が降るん?」
「いや、和菓子国には、雨らしい雨は無いよ。
年に一度だけ、こんぺいとうの雨は降るけれど」
あずきの純粋な質問がおかしかったのか、またきび団子の王子は小さく笑った。
あずきの居た岡山では、雲が覆えば、雨が降る。
雲がなくなれば、晴れになる。
それが当然の流れだ。
だが、この和菓子国では、雨ではなくこんぺいとうが降ると言う。
「へえー、こんぺいとう」
「そう。
こんぺいとうは、普段は星として輝いているんだけど、年に一度だけ落ちてくるんだ。
流星と雨が一緒になったようなものだね。
でも、そのこんぺいとうの雨の日に両思いになれた二人は、一生幸せになれるという迷信もあってね。
まあ、本当かどうかは分からないけれど、和菓子の人達は皆、信じているようだよ」
何処か他人の事を語るように、きび団子の王子は教えてくれた。
その和菓子国ならではの迷信に、あずきの心はまた甘く疼いた。
こんぺいとうの星、こんぺいとうの雨。
ピンク、黄色、白、緑の、色とりどりな星、雨粒達。
なんて可愛くて、なんて素敵なシチュエーションなのだろう。
乙女であれば、誰だって夢見る情景だ。
あずきは、拡がる空想の映像に、うっとりと目を蕩けさせた。
その星が降る日に両思いになれた恋人達の姿。
例えば、きび団子の王子と、自分などが居たら。
「降ればええのにね」
想像した映像が余りに綺麗だったので、あずきはそれをそのまま口にしてしまった。
「へえ、どうして?」
だが、すぐに不思議そうなきび団子の王子の声が返って来た。
あずきは、矢庭に戻された現実に、慌てふためいて抗弁する。
「え?
ど、どうしてって、そりゃあ」
突然の問いに、あずきはきちんと答えられなかった。
まさか、その夢見る光景の中、想いを繋げ合う恋人達の姿に自分ときび団子の王子を当てはめていただなんて、恥ずかしくて言える筈がない。
つい先程知ってしまったばかりの恋は、未だ慣れずに持て余すばかりで、それを素直に告げるだけの器量までは備わっていないのだ。
「こ、こんぺいとうの雨が降ったら、き、綺麗じゃと思うし」
何とか苦し紛れに返したのは、当たり障りのない返答だった。
だが、きび団子の王子はそのあずきの慌てぶりも気にならないのか、「そう」と言う。
「そうだね、とても綺麗だよ」
そして、そう言ったきり、きび団子の王子は黙ってしまった。
いつも和菓子国の美点を嬉々として説明してくれるきび団子の王子としては、非常に珍しい反応だ。
しかも、恋人同士云々のロマンティックなシチュエーションを目の前にして冷めたその態度も、常とは違うようだった。
いつもであれば、あずきよりきび団子の王子の方が、恋やら愛やらと騒いでいる。
それどころか、結婚だの、初潮を迎えたらすぐに同衾だのと、如何わしい事まで言っていた。
それなのに、この冷えた対応は何だろう。
何か悪い事でも言ってしまっただろうかと、あずきは小さな頭で考える。
「あずき」
きび団子の王子は、酷く抑揚のない声で再度口を開いた。
あずきは、「何?」と首を傾げる。
名を呼ばれた事が、心成しか嬉しい。
「君は、元居た岡山に帰りなさい」
しかし、きび団子の王子は、静かにそう言いのけた。
その言葉をぶつけられた瞬間、あずきの頭は真っ白になった。
思っても見ない台詞だ。
今まで一度足りとも聞いた事がない、寧ろこれから先も、絶対に言われない筈だった科白だ。
「何で?」
「そうするべきだと、やっと分かったんだ」
きび団子の王子は、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
一番に思い付いたのが、それだった。
意味がとんと理解出来なくて、上擦った声で返すのが精一杯だった。
だが、きび団子の王子は、何の躊躇もなく続ける。
あずきは、益々訳が分からなくなった。
「な、何で」
「洋菓子国の奴らに君を攫われて、気が付いたんだ。
僕は何をやってたんだろうって」
「え」
「僕は、あずきを自分の物にする事しか考えていなかった。
あずきは、早く家に帰りたいとずっと言っていたのに、そんなものも聞かずにね。
だけど、君が居なくなって、やっと分かった」
きび団子の王子がつらつらと述べる理由の言葉には、優しさがあるのか棘があるのか、今のあずきにはさっぱり分からなかった。
ただ、ピンク色の雲も、赤茶色の橋も、きび団子の王子の後頭部も、全てが真っ黒に見えた。
急にふわりと宙に浮かんだ気もした。
足が地に着いていない。
実際、負ぶわれているので、あずきの身体は地面に落ちていなかったのだが、それでももっと何処か遠くに飛ばされているような、そんな錯覚を覚えた。
「一番大事なのは、君自身だ。
君の心も、身体も、その全てだ。
僕は、君から君の幸せを奪うところだった」
先程まで恋心に浮いていた心が、一気に真っ暗闇に落とされる。
ガツンと頭を殴られたような衝撃もあった。
目頭が、じんじんと熱くなる。
鼻の奥が、山葵を食べたようにつんとする。
きび団子の王子が、おかしな事を言っている。
嘘ばかりを言っている。
あずきの脳内には、否定の言葉ばかりが浮かんだ。
肯定の単語など、何一つ出て来ない。
「でも、それじゃあいけないんだね。
やっている事は、洋菓子国の奴らと変わらない」
唇がわなわな震えた。
怒りやら悲しさやら分からない感情が、どす黒い渦を巻いて腹の中から飛び出てきそうだ。
「だから、帰りなさい。
君には、君の幸せがあるんだから」
それだけ言われた瞬間、ついに我慢ならなくなって、あずきは理解し難い言葉を発しながら、きび団子の王子の背中で暴れた。
爆発しそうな気持ちは、頭に上ったり、足まで下がったり、心臓を肉食獣のように食い潰したりで、もう蜂の巣を突いたようだった。
「ちょ、ちょっと、あずき?」
しかし、突然暴れだしたモンスターに驚いたのは、それを背負っていたきび団子の王子だった。
宥めようと声を掛けるが、あずきが余りに騒がしいものだから、背中から下ろさずにはいられなかった。
自分の足で立ったあずきは、握り拳を作って、すぐにきび団子の王子の胸元を叩いた。
一回、二回、三回。
力の限り、容赦なく殴った。
だが、きび団子の王子の身体は微動だにしない。
いつもすぐに叩き飛ばされていたのも、嘘のようだ。
あずきは、ぶわっと溢れる涙を抑えられなかった。
やっと、やっと此処まで来て、きび団子の王子の気持ちに応える事が出来るようになったのだ。
自分の気持ちに気が付いたのだ。
それなのに、こんな所でそれら全てを捨てられるだなんて。
何もなかった事にされるだなんて、到底我慢がならなかった。
「勝手な事、言わんでや!」
「え?」
「か、勝手な事を、言わんでやぁー!」
あずきは叫んで、また殴って、そして大声で泣いた。
目の前の男が好きで、好きで、けれど憎くて、大声で泣いた。
「どうしたんだい、あずき。
お腹が痛いのかい?」
それなのに、きび団子の王子は見当外れな事を言う。
あずきは益々腹が立ったが、律儀にもぶんぶんと首を横に振って見せた。
「じゃあ、やっぱりお腹が空いたんだね。
そうだ、何か食べる物を」
「違うわぁ!」
あずきの気持ちを汲めないきび団子の王子は、あずきの目から滝のように流れる涙を手で拭った。
しかし、そんなもので治まる筈もないあずきの憤りの雫は、次から次へと溢れてくる。
「あ、あた、あたしは、き、きび王子の、お、お嫁さんに」
「え?」
「お、お嫁さんに、な、なってもええかなって、お、思っとったのにぃ」
えぐえぐとしゃくりあげながら、あずきはばんばんと男の胸を叩いた。
まるで小さな子が母親に玩具を買えとせがんでいるようだ。
「が、頑張って、お、王様にも、許して貰えたらって、お、思っとったのにぃ」
しかし、きび団子の王子は、言われた内容に酷く驚いた顔をした。
まさか、あずきが己を好いてくれているなどとは、思ってもみなかったのだろう。
実際、きび団子の王子は、己が一方的な片思いを押し付けている自覚がそこはかとなくあった。
だが、それも適当に流していけば、後で何とかなると思っていた。
その偏った想いではいけないと気が付いたのは、奇しくもシュークリームの王子のお陰だった。
シュークリームの王子の強引で乱暴な求愛を見て、気が付いてしまったのだ。
シュークリームの王子がしている事は、然して己と変わらない。
これでは、あずきが幸せになどなれない。
そして、愛するあずきの為には、自分こそが身を引かねばならないと。
そんなきび団子の王子の内心など知らぬあずきは、手を止めなかった。
男の胸元の衣服を掴み、もみくちゃになるように前後に強く引っ張る。
きび団子の王子のスカーフが、皺々に型崩れする。
しかし、あずきは止めなかった。
囂々と蠢く怒りと寂しさが、小さな身体一杯を蝕んで仕様がなかった。
「本当かい?」
そのあずきの手に、きび団子の王子はそっと己の指を掛け、確かめるように言った。
あずきの小さな手が、男の大きな掌に包まれる。
「う、嘘なんか、い、言わんわあ!」
「あずき、その言葉に嘘は無いね?」
もう何が何やらといった状態で癇癪を起こしているあずきに、きび団子の王子は再度確認する。
あずきは、泣いているのか怒っているのか分からぬまま、「そうじゃって言っとるじゃろー!」と大声で返した。
寒天の谷に、あずきの声が大きく響き渡る。
きび団子の王子は、涙と鼻水、そして涎でぐちゃぐちゃになっているあずきの顔を撫で、その額にそっと触れるだけの口付けをした。
「あずき」
急に落とされたキスに、あずきはぴたりと動きを止めた。
おずおずと視線を上げてきび団子の王子を見ると、その目の前の男は瞳を優しく細めて笑っていた。
あずきが名を呼べば、今度は唇にキスを落とされた。
それから、頬、目蓋、鼻の上など、顔の到る所に優しく触れられた。
「あずき」
まるで睦言を言うように甘ったるい声で呼んで、きび団子の王子はさも愛しいとばかりに見詰めてくる。
そして、徐に片膝を付いたかと思えば、あずきの手を取って見上げてきた。
「僕は君を、一生大事にする。
もう離しはしないからね」
「う、うえ」
「有り難う、愛してる。
僕だけのプリンセス」
何処かの王妃に忠誠を誓うように、手の甲にまでキスをするきび団子の王子。
その時の二人は気が付いていなかったが、辺りにはぱらぱらと、色とりどりのこんぺいとうが降り注いでいた。
TO BE CONTINUED.
2008.09.10
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