お姫様を助けるのは、いつだって王子様に決まってる。
例えば、颯爽と赤いマントを翻し、格好いい白馬に乗って、黄金色に輝く剣などを持って。

ダーリンはきび団子
010/真っ白な松茸とチョコレートバナナ

あずきは、怒りと羞恥を綯い交ぜにして涙を一杯目に浮かべた。
だが、あずきに今にも襲い掛かろうとしている男、シュークリームの王子は、止める素振りを見せない。
それどころか、逆にテンションが上がっているようだ。

助けは来ない。
少なくとも、近くには居ない。

きび王子。

呟くように、つい先程まで一緒に居た男の名を、唇の動きだけで呼んでみる。
その「きび王子」と呼ばれるきび団子の男も、このシュークリームの王子と同じように、成人した一男だった。
あずきの成熟しきってない幼い心や身体など無視して濃厚な口付けをし、時には軽いセクハラをする事もある。

しかし、きび団子は、あずきの嫌がる事を無理強いするような男でもなかった。
それ以前に、嫌だと思えば、あずきは遠慮なく頬を叩いていたし、大概がそこで中断されて終わっていた。

それとは異なり、このシュークリームの王子は、あずきに抵抗させないだけの力を持って圧し掛かって来る。
いつもきび団子にしているようにビンタをお見舞いさせたくとも、圧倒的な力で捻じ伏せられ、それも許されるような雰囲気ではない。
実際は、変態的な言葉を吐いて詰め寄っているだけなのだが、あずきにとって、それは異常に強い脅しでもあった。

こんなものは嫌だ。

今度は跨って来た男に精一杯の睨みを利かせながら、あずきは声にならない悲鳴を胸一杯にして叫んでいた。
男は、手をワキワキさせて楽しんでいる。
しかも、マウントポジションを取られているせいで、男の霰もない超特大ミラクルゴールデンバットとやらが、非常に近い。
あずきにとっては、一種のホラー映画だ。

一応強がって抗ってみるものの、突然見知らぬ男に服を剥ぎ取られ、恐怖も頂点の方まで来ている。
それに、暴れれば暴れる程、男の超特大ミラクルゴールデンバットとやらも左右に揺れて、それもまた気持ちが悪い。

相手がきび団子の時は違った。
きび団子に対しても、男としての圧を感じる事はあったが、そこには必ず優しさもあった。
しかし、この目の前の男からは、厭らしいまでの性急で乱暴なフェロモンしか感じない。

こんなものは嫌だ。

あずきは、また同じ言葉を胸の中で叫んだ。
きび団子は、初めて会うなり、あずきを妻に迎え入れたいと言った。
このシュークリームの男も、そのつもりだと言っている。

だが、あずきは、このシュークリームの王子の要求は、きび団子のものとは似て非なるものであるように感じていた。
きび団子の時は「困る」と思いこそすれ、「嫌だ」とまでは思わなかった。
嫌悪すべき要求だとまでは思わなかった。

それなのに、このシュークリームの男にいいようにされ、その妻になるというのは、真っ平御免だった。
何がどうあっても、嫌だと思った。

見られ慣れていない身体を、未だ見知って間もない男に舐めるように見詰められる。
それがこんなにも恐ろしく、おぞましいとは、あずきは今まで知らなかった。

聞いた事もない淫猥な言葉で、訳も分からない事を強要させられる。
未知の世界の扉を好きでも無い男と一緒に開ける事がこんなにも嫌忌すべき物だとは、想像した事もなかった。

「さーて、まずは何をしようかなー」

ご機嫌なシュークリームの王子は、ベッドの傍に控えていたロールケーキのローチェストの上に手を遣った。
あずきの見えない所で、カチャカチャと金属音が聞こえる。
まるで手術をするナイフでも選ばれているようだ。

もしや、下着すらも剥ぎ取られるのだろうか。
或いは、身体自体を切り刻まれるのだろうか。

あずきは「ひっ」と上擦った悲鳴を上げたが、男は上機嫌でその獲物を探している。
そして、にやりと笑って、その中から一つの金属物質を手に取った。
あずきのポジジョンからは、相手が何を持っているのかまでは確認出来ない。
ただ、見えない恐怖に怯えるだけだ。

シュークリームの王子は、やはりご機嫌だった。
狙っていた女を組み敷いて、これから行う破廉恥な事を想像すれば、クリーム味の涎すら出る勢いだった。
だから、窓の外だなんて物も、全く気にしていなかった。
洋菓子国にはあらざる物、例えば綿菓子の雲などが、空にぽっかり浮かぶどころか、城に向かって大接近している事も、全然知らなかった。

「待てーい!」

大きな声と共に、部屋のキャンディー製窓ガラスが勢い良く割れ散る。
突然の騒音に、あずきはびくりと身体を跳ね上がらせた。
シュークリームの王子に到っては、驚き過ぎてあずきの上から転がり、床にべしゃりと落ちてしまった。

「な、何だ!」
「そこまでだ、シュークリーム王子!
僕のあずきを返して貰おう」

間一髪の所で窓ガラスを割り、入って来たのは、あずきの待ち望んだ男、きび団子だった。
ピンク色の綿菓子をきん斗雲のように乗りこなし、颯爽と助けにやって来たのだ。

ただ、丸いその球形の身体には、所々傷が入っている。
恐らく、此処に来るまでの間に、多少なりとも苦労があったのだろう。
あずきが攫われた場でも、ジンジャークッキーの兵隊達が、フォークを携えてきび団子を狙っていた。

実際、きび団子は、そのクッキーの兵隊と壮絶な戦いを繰り広げた。
相手は皆、鋭利な武器を持っているが、己は手ぶらだ。
どう足掻いたところで、適いっこない。
そうきび団子は思ったのが、よくよく考えてみれば、その時のきび団子は、人間の形をしていた。
しかし、敵方のクッキー達は、クッキーのままだ。

そこで一つ考えたきび団子は、そのクッキー達を滝の中に放り込んでみた。
もしかしたら、クッキーをふやかして、弱らせる事が出来るかもしれないと思い付いたのだ。
功を奏してか、その案は見事に的中し、咄嗟に人間の姿になる事が出来なかったクッキー達は、皆、水に浸けられてふにゃふにゃになってしまった。
正しくは、桜茶漬けになってしまったのだが。

その後は、比較的楽に此処まで来られた。
弱ってしまったクッキー達を軽くいなして、空に浮かんでいる綿菓子に呼び掛けた。
どうか力を貸して欲しい、お願いだと切に願えば、綿菓子はきび団子の言っている事を理解したように、一つのきん斗雲を寄越してくれた。

人間の姿をしていたきび団子は、元の球形に戻り、一度城に帰って武器を確保し、すぐにあずきの元へと飛んで来た。
きん斗雲は思いの他早い乗り物だったので、然程時間も掛からなかった。

「き、きび王子!
どうやって此処に」
「初潮を迎えたばかりのあずきに手を出すとは、何て不届きな奴だ!
許されないぞ」
「初潮?」
「あずきの最初の男は僕だって決めてるんだ。
勿論、二番目も三番目も無いけどな!」

猛々しくきび団子は言を飛ばした。
手には、和菓子国の正式武器、黒文字を持っている。

和菓子国の武器は、上流階級の者が持つものは黒文字、その他は爪楊枝と決まっている。
きび団子が手にしているものは、中でも一級品の黒文字だった。

「そうか、あずきは大人の女の階段を踏み始めたばかりだったのか。
それは丁度いい」

しかし、きび団子が言った内容に興味を示したシュークリームの王子は、黙っているあずきに目を移した。
下着の姿になっているあずきは、現れた王子様に今にも泣きそうな顔をしていた。
事実、先まで涙を零しかけていたのだが、その涙腺も更に緩みつつあった。

「益々俺様のスーパー超特大ミラクルウルトラゴールデンバットを埋め込みたくなったぜ!」

泣きそうな女の顔を見て興奮する性癖があるのか無いのか分からないが、シュークリームの王子は、更に己の一物の呼称をグレードアップさせて言った。
だが、この不届きな台詞に、きび団子はぴくりと眉を動かす。

「何だと?」
「ふふふ、あずきの可愛いアワビちゃんには、俺様のスーパー超特大ミラ」
「お前など、バットというにはおこがましい!
人並みのバナナサイズで十分だ」

カチンと来ていたきび団子は、シュークリームの王子の言う事を最後まで聞かなかった。
それどころか、調子に乗っている相手の鼻を圧し折るだけの暴言も吐いた。

とはいえ、そのきび団子が言った内容は正しかった。
シュークリームの王子の男を象徴する「バット」は、確かに「バット」というより「バナナ」なのだ。

「何だと?」
「しかも、ゴールデンどころか、真っ黒じゃないか。
このチョコバナナめ!」

きび団子は、黒文字を構えて言った。
だが、気にしていた事を言われてしまったシュークリームの王子は、「がーん」と効果音が付きそうなまでの悲惨な顔をした。
プレイボーイを気取っているものの、そこだけは触れて欲しくない所でもあったのだ。

「そ、そういうお前はどうなんだ!
お前こそ真っ黒の、それこそミニバナナなんじゃないのか」
「僕は、全く色素沈着していない、世にも珍しいホワイト松茸だ!」

悔し紛れにシュークリームの王子が言えば、きび団子は凛として返した。
そして、その言葉と同時に、己も人型へと変身した。

しかし、シュークリームの王子を倣ってか、果たしてただの天然なのか、人型になったきび団子もまた、マントとブーツだけを身に付けた、全裸だった。
あずきに初めて会った時の格好である。

しかも、自分が言った内容通り、そこに現れたのは、シュークリームの王子とは真反対の、真っ白な松茸だった。
エノキ茸のような艶々した白さを持ち、松茸のような逞しさと気品を持っている。
正しく、世にも珍しい白松茸。
あずきが初めて見た時は、真っ白な稲荷寿司だと思う程に落ち着いていたその姿が、今は怒りで興奮しているせいか、その怒張ぶりは、シュークリームの王子に全く負けていない。

「こ、この和菓子風情が」
「お前こそ洋菓子のくせに、あずきを攫うなど許さない」

壮絶な物を見てしまったあずきは、頭がくらくらした。
だが、その掛け声と共に、シュークリームの王子は持っていた金属類を一瞬にして大きな武器へと変えた。
先程、あずきとのプレイで使おうと思っていたのは、どうやらスプーンとフォークだったようだ。
二刀流とも言える大きな武器を携え、きび団子の王子へと刃先を向ける。
せめてナイフであれば格好も付いたものの、その姿は些か滑稽であった。

勿論、きび団子の王子も、手にしていた黒文字を大きな武器に変えた。
きび団子の王子は一刀だったが、微塵も物怖じしている風は無い。

「いつもあずきにはり倒されているくせに、俺様と戦えるのか?」
「洋菓子国の王子は、随分と女性の扱い方を知らないんだな。
甘んじて女性の攻撃を受けるのも、男の優しさというものだ」

フォークを振り上げたシュークリームの王子は、きび団子の王子へと切りかかった。
それを軽く受け流し、きび団子の王子もすぐさま反撃へと移る。
しかし、それもシュークリームの王子のスプーンで受けられてしまう。

二人は、同等の戦いをしていた。
あずきを容易に押し倒してきた、シュークリームの王子。
それとは反して、いつも簡単にあずきにノックアウトされている、きび団子の王子。

だが、そのきび団子の王子の身のこなし方には、普段の頼り無さなど全くなかった。
それどころか、余裕を持って剣になった黒文字を振っているようにも見える。
キン、キンと金属がかち合う音が、部屋に何度も木霊した。

「どうしてあずきを攫ったんだ」
「そんなの分かりきっているだろう、あずきが俺様を愛してくれているからだ」
「何を馬鹿な。
いつ、あずきがお前を愛したと?」
「あずきは、毎日のように洋菓子を買っていた。
それも、この俺様を象徴するシュークリームをな!」

シュークリームの王子は、フォークとスプーンで剣先を交えながら、ばっと足で蹴りを入れてきた。
それをかわす為に、きび団子の王子も後ろへと飛ぶ。
互いの一物が、ジャンプをしたり、激しく動く度に、ぷるぷるぶるぶる震えている。
二人の剣は何度も交わっていたが、その一物同士も闘っているようだ。

「それは違うな」

黒文字を構え直したきび団子の王子は、きっと表情を強くした。
それに、シュークリームの王子は、ぴくりと片眉を持ち上げる。

「あずきがシュークリームを買っていたのは、弟の為だ」
「は?
何を馬鹿な」
「あずきには、栗太郎という幼い弟が居る。
その子が酷く洋菓子好きなので、その為にあずきが買っていたに過ぎない。
お前は、そんな事も知らず、あずきを攫ったのか」

黒文字の切っ先をシュークリームの王子に向け、きび団子の王子は言った。
二人が暴れているせいで、部屋内の調度品は悲惨な状態だった。
甘い匂いを撒き散らして中のチョコレートを出している物や、ばらばらに砕け散っている物もある。
原型こそ止めど、男同士の裸の決闘を近くで見ているあずきも、その精神状態が崩壊間際だった。

だが、シュークリームの王子は、告げられた内容に驚きを隠せずにいた。
シュークリームの王子は、今まで、あずきは自分を愛して仕様がないのだと信じていたのだ。
洋菓子が何よりも好物で、それどころか自分の事を大好きな可愛い雌豚だと思っていた。
抗うその様も、ドMならではの仕様だと思っていた。

真実を打ち付けられたシュークリームの王子は、ふらりと一歩よろめいた。
しかし、すぐ様その足に力を入れ、再度きび団子の王子へと向き直った。

「煩い、煩い、煩い!」

信じたく無い物は、信じないに限る。
そして、きび団子の王子こそが嘘を吐いているのだと、己自身に言い聞かせる。

「あずきは俺様の」
「もー、止めてやー!
あたしは仕方なく洋菓子を買っとっただけなのにー!」

けれど、シュークリームの王子が再度フォークを振り上げた瞬間、あずきは大きな声を上げて参戦した。
それと同時、近くにあった小さなスプーンを、思い切りシュークリームの王子へと投げつけた。

実際には、投げつけたというよりも、思いのほか近くに居たシュークリームの王子に、そのスプーンはしっかりと刺さってしまった。
しかも、事もあろうか、その食器の柄の部分は、シュークリームの王子の菊の門に、見事に入ってしまったのである。

ズップリとやけにリアルな音がした後、シュークリームの王子は「うひっ」と間抜けな悲鳴を漏らした。
それもその筈、突然、尻の穴に異物を突っ込まれれば、驚きもする。

おかしな声の後、シュークリームの王子はゆっくりとあずきを振り返った。
あずきは、狙っていた訳でもないのに、あられもない場所にスプーンが刺さってしまった事に、パニックやら泣きたいやらで、とにかく酷く混乱していた。

そんなあずきを見たシュークリームの王子は、一瞬昇天したような、えもいわれぬ顔をして、ゆっくりと倒れて行く。
其処には、幸福とも絶望とも判断できない様があった。

「お、俺様のザーメンは、ダブルクリームの…」

地に静まるその瞬間、シュークリームの王子は呻くように呟いた。
その言葉と同時、彼のチョコバナナはしゅるしゅると威厳を無くして萎み、人型の身体自体もシュクリーム本来の洋菓子姿になった。
心成しか、そのシュー生地も若干潰れている。

「ただの変態か」

全くもって自分の事を棚に上げているきび団子の王子は、吐き捨てるように言った。
そして、あずきに「大丈夫かい」と近寄ったのだが、未だ裸なきび団子の王子は、そこでまたあずきに強烈なビンタを食らってしまった。

こうして、変態なシュークリームの王子は、きび団子に敗れたのである。
だが、彼の子種が果たして本当にダブルクリームの味なのかどうかは、誰も知らないままだった。





TO BE CONTINUED.

2008.09.08


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