助けて、助けて、助けて!
最後に浮かぶのは、いつだって君の顔なんだ。

ダーリンはきび団子
009/攫われたお姫様

突然誘拐されたあずきは、泣いて、泣いて、泣きじゃくって、その次には色の異なった感嘆の溜息を吐いていた。

シュークリーム王子と名乗った男に連れて来られたのは、和菓子国の隣国、洋菓子国。
その洋菓子国のど真ん中にあったのは、様々な菓子を使って建てられている大きな城だった。
和菓子国はシンプルな饅頭の形をしていたが、洋菓子国の城は、いかにも城らしい形をしている。
ただ、一部の壁がチョコレートになっていたり、マシュマロになっていたりして、正しくこれこそが本場のヘンゼルとグレーテルの家、といったものだった。

ドーナツの門番が居るエクレアの大きな門を越え、キャラメルのドアを潜れば、其処は乙女の夢とも思われる空間だった。
色とりどりのキャンディーのシャンデリア、マンゴープリンのテーブル、マロンケーキの柱。
和菓子国は上品で美しいが、洋菓子国の城中は正にカラフルな遊園地だ。

あずきは、未だ男の小脇に抱えられたままだったが、きょろきょろ辺りを見回し、その度に「わー」だの「あー」だの零していた。
和菓子国とは違って、召使は洋菓子姿のままの者も居れば、人間姿の者も居る。
それに合わせて、城も随分と大きなものだった。

「どうだ、和菓子国とは比べ物にならないくらい豪勢だろ?」

自信満々に言いのけたシュークリームの王子に、あずきは無言で返した。
確かに、洋菓子国の全ては、和菓子国とは比べ物にならない程に派手で、豪華絢爛だ。
今時の若い子であれば、大概がさぞかし喜んではしゃぎ回るだろう。

あずきとて、洋菓子は嫌いじゃない。
美味しそうな苺タルトやスフレを見れば、涎だって出そうになる。
だからと言って、攫われた身で素直に頷くのも癪に障った。

矢庭に連れて来られた事に、悲しみを通り越して、腹を立てていたあずきは、そのまま男に抱えられたまま、ヘーゼルナッツクッキーの階段を上っていった。
そして、最上階にも近しい所まで来て、一際派手な部屋に通された。

大きな音を立ててビスケットの戸を開閉させ、ザッハトルテで出来たベッドにあずきを放り投げる男。
敷かれたクレープ生地の布団にばふっと落とされれば、幾らクレープが柔らかいといえど、些か痛かった。
優しいきび団子であれば、こんな粗雑な扱いはしない。
あずきは、身体を起こして、きっと男を睨み上げた。

「何するん!」
「何って、ベッドの上でする事なんて決まってるじゃん、マ・シェリ」
「マ・シェリ?
何でぇ、それ。
シュークリーム屋の名前じゃろ?」
「フランス語で、愛しい人、という意味だぜ。
知らなかったかい、俺様のガトーちゃん?
ちなみに、ガトーっていうのは、ケーキって意味ね」

聞いた事のある単語にあずきは反応したが、どうやらそれも見当違いだったようだ。
確かに、あずきの近所の釜焼きシュークリーム屋の名前は、「マ・シェリ」という。
だが、このシュークリームの王子は、そんな店など関係なく、ただ愛の睦言の一つとして「マ・シェリ」という言葉を遣ったようだ。

「それから、俺様の名前のシュークリームも、正しくはシュー・ア・ラ・クレムって発音するんだぜ。
フランス語ではね」

説明臭い台詞を吐く白のタキシードを着ていたシュークリームの王子は、その上着を脱ぎ、パウンドケーキの椅子に放り投げた。
その流れるような所作に、あずきはドキリとして身体を引く。

「な、何であたしが愛しい人なんよ!
あたしは」
「あずきは、いつもシュークリームを買っていただろう?
他にも、多数洋菓子を色んな店から買っていた。
違うか?」
「そ、それは」
「そんなにも洋菓子を愛されては、俺様もその気持ちに応えない訳にはいかないだろ、クレーム・キャラメルちゃん。
仕方がないから、お前を俺様の妻に迎え入れてやるよ。
ちなみに、クレーム・キャラメルというのは、フランス語でプリンって意味だけど」

上から目線なくせに軽い調子で言って、シュークリームの王子はあずきに近寄って来た。
しかし、そのシュークリームの王子が言っている事には、少々間違いがあった。

確かに、あずきは頻繁に洋菓子を買っていた。
中でも、シュークリームを買う頻度は群を抜いていた。
だが、それを自分で食した回数は、和菓子に比べれば到底及ばない程なのである。

あずきが洋菓子の店を渡り歩いていたのは、弟の栗太郎のせいであった。
栗太郎は、和菓子屋の息子に生まれたくせに、和菓子を進んで食さないきらいがある。
それどころか、洋菓子ばかりを食べたがるのである。

その洋菓子を買うお使いに借り出されていたのが、姉であるあずき。
つまり、あずきは弟のオヤツを買う為に、仕方なく洋菓子を買っていたのだ。

そこまでは知らないらしいシュークリームの王子は、嬉々としてあずきとの距離を詰めてきた。
あずきは、ベッドに腰掛けたまま、じりじりと後ろに後ずさった。
だが、すぐにアーモンドボールのベッドヘットにぶつかり、それ以上は逃げられなくなった。

「という訳で、あずきは特別に俺様のゴールデンバットを味わわせてやろう。
俺様のアソコは、すっごいぞうー」

何やら下品な事を言い、シュークリームの王子は、魔法かと思われる程の早さで全裸になった。
シャツも、ネクタイも、下穿きも、靴下も、靴も、全部を一瞬で脱いだのだ。

実際は、シュークリームの王子はそれらを一々脱衣したのではなく、紐で引っ張れば全てが同時に剥げる仕掛けを密かに行っていた。
それもこれも、今日この日の為。
無駄で馬鹿な努力だが、シュークリームの王子は、このシチュエーションこそが、非常に格好いい服の脱ぎ方だと自負していたのである。



「ぎぃやあああ!」

しかし、あずきは思ってもみないショックな映像に悲鳴を上げた。
シュークリームの王子の手品よろしく仕掛けも去る事ながら、突然見せられた男の一物が余りに衝撃だったのだ。

それは、数日前に見たきび団子の王子の真っ白ないなり寿司とは違って、黒く沈着した異物だった。
学校の保健体育の授業で見たものと非常によく似て、寧ろそれ以上にグロテスクで、凶暴そうだ。
興奮しているせいか、びくびくと震えながら天を仰ぐその物体は、新種の生き物のようでもある。

弾けんばかりの一物を自慢げに見せ付けて、シュークリームの王子はベッドにダイブしてきた。
あずきは、殺されるとばかりに大声を張り上げたが、敵の本陣ともいえる一室で、助けが来る見込みなど皆無に等しい。

「あずき、喜べ。
俺様のザーメンは、クリームの味がするぞ。
ちょっと舐めてみたくないか?」

しかも、男の言葉の低劣な事。

シュークリームの王子曰く、クリーム味のする子種を出す事が出来るゴールデンバットとやらは、嬉々として脈を打っていた。
水から打ち上げられた魚にも似ている。

未だ幼いあずきは「ザーメン」という単語も「ゴールデンバット」なるものの意味も詳しくは分からなかったものの、やけに嫌な悪寒がした。
その為、それらから逃げようともがいたが、時既に遅し。
後ろから男に羽交い絞めされれば、すぐに身動きが取れなくなった。
後方から抱え込まれているせいで、腰元に、やけに硬い固形物が当たる。
怒張している、男のゴールデンバットとやらだろう。

とはいえ、それは「バット」と表現するだなんておこがましいくらいに普通のサイズで、色も「ゴールデン」というよりは、ただ黒いだけだった。
乳首だって、ニプレスかピップエレキバンを貼っているのかと突っ込みたくなる程に色が淀んでいる。
そこだけ浮いているようだ。
寧ろ、どうやってその部位だけ黒くさせたのか、疑問に思えて仕方ない。

けれど、そんなものに一々反論を唱えられる程、あずきには余裕も、度胸も、大人の女としての経験もない。
ただただ只管に、恐くて、気持ち悪くて、間抜けなだけだった。

「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ、変態ー!」
「変態とは失礼な、美味しいぞ」
「お、美味しくなんてある訳ねえが!
そんなもん、絶対嫌じゃー!」

後ろから思い切り抱えられているせいで、男からは確かに甘いクリームと、香ばしいシュー生地の香りがした。
頬に当たる男の髪の毛も、シュー生地らしく柔らかで、けれど少しパサついたところがある。

「嘘なんか言う訳ないだろ、試しにちょっとだけ舐めてみろって。
驚くなかれ、俺様のは、ただのクリームじゃないぜ。
カスタードクリームと生クリームの、ダブルクリームだからな!」

全くもって有り難くも無い事を教えてくれるシュークリームの王子は、あずきを押さえ込んだまま、後ろからモミモミと胸まで揉んできた。
小さな小さな、それこそ貧相なあずきの胸が、男の大きな手の平の中で揉みしだかれる。
しかし、色気染みた経験など皆無に等しいあずきにしてみれば、そんな簡易な愛撫ではただ違和感を感じるだけだ。

「ぎゃー!
エッチ!
馬鹿、阿呆、このおたんこ茄子ー!」
「む?
俺様は茄子じゃない、シュークリームだ。
ちなみに、英語ではクリーム・パフとも」
「誰かー!
誰か助けてー!」

暴れれば暴れる程、あずきの腰に当たっている男のゴールデンバットは、硬さを増しているようだった。
それが益々恐ろしくて、あずきは必死の思いで抵抗する。
シュークリームの王子の言っている事など、ほとんど無視だ。

「そんなに俺様の特大ゴールデンバットを興奮させたいのか。
あずきもなかなかの雌豚だな!
いいだろう、このドMめ」

あずきの抗いを毛程も気にしていない男は、大いに勘違いしたまま、ふんふんと鼻歌を歌いながらあずきの作務衣を脱がしに掛かった。
これには、流石のあずきも顔を真っ青にさせた。
このままでは、本当に犯されかねない。
しかも、男曰く、特大ゴールデンバットで、だ。

「よしよし、特別に今日は大サービスしちゃうからな!
俺様の超特大ミラクルゴールデンバットも、調子が良さそうだ」

どんどん一物の呼称をレベルアップさせて、男は「そーれ」と、あずきの作務衣を剥ぎ取った。
作務衣自体をミニスカートとして使用していたあずきは、赤色のタンクトップと、縞々のタイツ、そして黄色の水玉の下着だけの姿にさせられた。
その黄色の水玉の下着は、あずきが「きび団子柄」と信じて止まない、お気に入りの下着の一つだ。
勿論、ブラジャーとお揃いである。
要は、あずきにとっての勝負パンツだ。

だが、その勝負パンツを見られたあずきは、泣きたいやら怒りたいやらで、最早訳が分からなくなっていた。
一体どういう感情が原因で出て来たのか分からない涙の目で外を見れば、窓の向こうにはピンク色の綿菓子が浮かんでいた。





TO BE CONTINUED.

2008.09.04


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