たとえば、君があの人を好きだとしても、
この気持ちまでは掻き消されない。
振り向かないなら、振り向かすまで。
手に入らないなら、手に入れるまで。
ダーリンはきび団子☆
007/恋のトライアングル
「そういった訳で、おいらが金の玉の正体だべさ。
ご迷惑をお掛けしまして」
ぴょこりと身体を折り曲げて謝罪するのり巻き煎餅に、王である饅頭は「うむむ」と唸った。
のり巻き煎餅の斜め後ろには、ぴたりと寄り添うように白のひなあられが居る。
久方ぶりに会った恋人と余程離れたくないらしく、その密着振りは菓子であるからこそ許されるものの、人型であればかなりの暑苦しさだった事だろう。
あずきは、礼儀正しく挨拶する金の玉こと、のり巻き煎餅の後姿をぼんやりと眺めていた。
これで、きび団子とさくら餅姫の縁談の話は破棄される筈だ。
そう思うと何処かほっとしてしまうのだが、どうしてそれだけで安心してしまうのか、自分でもその心の動きの所以が分からなかった。
しかし、さくら餅姫との結婚の話がなくなれば、あずきは正式にきび団子のフィアンセとなってしまう。
フィアンセになってしまえば、益々家には帰れなくなってしまう。
それは困る。
さくら餅姫ときび団子の話が纏まるのは嫌だったが、自分が帰宅出来ないのも十分に難儀な話だった。
だからといって、当初の「逃げて帰る」という選択肢も、最早あずきの中には存在していなかった。
何だかんだときび団子と一緒に居る内、その考えは消えてしまったようだ。
それに、無理矢理振り切って帰るにせよ、あずきには帰り道がとんと分からなかった。
近所のシュークリーム屋に行こうとしている間に転び、顔を上げた瞬間にはこの世界まで来てしまっていたのだ。
また同じように転べば戻れるのかもしれないが、しかしそれも些か判然としない遣り方だった。
「これで認めて頂けますね、父上?」
きび団子は、未だ難しい顔をした王に言った。
だが、王はまさか本当に金の玉を連れ帰ってくるとは思っていなかったのか、その現状に首を縦に振れずに居た。
母であるいちご大福は、王の決断に委ねているようだ。
執事のかしわ餅は、何やら複雑な顔をして黙っている。
「いいえ、きび王子」
その沈黙を破って、さくら餅姫が一歩前に出た。
丸々としたピンクの生地が艶光りして、やはり一和菓子として一級品の高貴さを纏っている。
あずきは和菓子好きで、さくら餅も今まで美味しく食していたのだが、この世界に来てからは、どうも「さくら餅」という食べ物に良い思いを抱けずにいた。
「これ以上何が不満だと言うんだ、さくら餅姫。
あずきはきちんと金の玉を」
「では、そののり巻き煎餅が真の金の玉だという証拠は何処に?」
反論したきび団子に、さくら餅姫はつんつんした口調で言った。
その言葉に、きび団子は「何」と返す。
「作り話というのも十分考えられます。
ねえ、王様。
考えてみて下さい。
そもそも、ただの煎餅が金の玉だと言われると思いますか?
余りに話がよく出来すぎているとは思いません?」
さくら餅姫は、すぐさま王へと同意を求めた。
それに、王も弾かれたように顔を上げる。
「そ、そうだ。
さくら餅姫の言う通りだぞ、きび王子。
のり巻き煎餅が金の玉の正体など、普通では考えられん。
作り話でない証拠がないのだ、信じるには値せん」
「何を仰るのですか、父上」
「ならん、ならん!
そんな本当かどうかも分からぬ話、信じる訳にはいかん」
「父上!」
「そ、それに、わしはあずきさんとやら一人に申したのだ。
お前も一緒に付いて行ったとなれば、それこそルール違反だ!」
ぶんぶんと首を横に振りだした王に、きび団子の中で何かが吹っ切れた。
折角、危険と言われる場に、煮え湯を飲まされる思いであずきを向かわせたのだ。
本当は、そのような危ない場所にあずきを連れて行くなど言語道断だったのに、何とか譲歩して許可したのだ。
確かに、何も言わず、きび団子は黙ってあずきに付いて行ってしまった。
しかし、それは危険に晒されるあずきを護る為故だった。
ただでさえ、汁粉沼という危険地帯に行かせる事が嫌だったのだ。
そんな所に、どうしてきび団子があずき一人を連れて行く事など出来よう。
寧ろ、付いて行くくらいの事は、然して問題ではないと思えた。
きび団子は、さくら餅姫にかどわかされた王に掴みかかろうとした。
きび団子は、こんなにも自分の父が情けなく、話の分からぬ者だとは思っていなかった。
だが、父は息子の期待を見事に裏切った。
それどころか、どんな汚い言い訳をしてでも、あずきを婚約者として認めないつもりのようだ。
それが、きび団子は許せなかった。
命を賭けて為されたあずきの努力を無駄にされた事が、どうしても許せなかった。
「いい加減に」
「いい加減にしないか!」
しかし、きび団子が声を張り上げた瞬間、何とその声を掻き消すような大声がホール内に響いた。
どうやら若い男性のようである。
王は、「チョコきびか?」と顔をきょろきょろと左右に泳がせた。
執事のかしわ餅も、声がした方角を捜そうとしている。
すると、いつの間にやら開け放たれていたドアから、未だあずきが見た事のない和菓子が入って来た。
薄茶色の生地をした、チョコレートきび団子である。
話に聞く所に寄れば、きび団子の弟であり、王の息子の次男でもある。
そのチョコレートきび団子は、何処か苛立った様子を隠す事もなく、ずんずんと皆の傍まで遣って来た。
「挨拶が遅れました、俺はきび王子の次の弟の、チョコレートきび団子です。
チョコきびと呼んで下さい」
まずあずきの前までやって来たチョコレートきび団子は、あずきに礼儀正しくお辞儀をした。
それに、あずきは、「はあ」と小さく返すだけで、場の雰囲気に完全に呑まれていた。
あずきに礼を終えたチョコレートきび団子は、またくるりと踵を返し、今度は王に向かって歩き出した。
王は、息子のただならぬ剣幕に、一歩下がって苦笑いを零した。
「父上、話を聞いていれば、随分と往生際が悪いのではないですか。
王という名が聞いて、ほとほと呆れます」
「し、しかし、チョコきび。
わしは」
「兄さんはこの城の跡取りです。
人間であるあずきさんを嫁に貰い難いのは分かります。
ですが、一度こうと言ったのであれば、それを潔く認めるだけの許容の広さも見せたらどうなのですか。
あずきさんは、きちんと金の玉を見付けて来たではないですか。
それ以上、何の文句が付けられましょう」
「だ、だが、チョコきび」
チョコレートきび団子は、兄であるきび団子以上に凛として男らしい性格のようであった。
キッと精悍に吊りあがった眉と目で睨み上げれば、父である王も頭が上げられないでいる。
「待ちなさいよ、チョコきび」
しかし、そのチョコレートきび団子に一切物怖じしていないさくら餅姫は、また更に一歩前に出て口を挟んだ。
チョコレートきび団子も、視線を王からさくら餅姫に移す
。
「金の玉がそののり巻き煎餅である証拠が無いのよ?
それなのに、どうして認められると言うの?」
「まだそんな事を言っているのか、君は」
「証拠がないものは仕方ないじゃない。
もう一度汁粉沼に行って、本当の金の玉を見付けて来るまでは認められないわ。
当然の事でしょう」
きっぱりと言ったさくら餅姫に、チョコレートきび団子は盛大に溜息を吐いた。
それから、「仕方ない」と呟いて、自分が入って来たドアの方を向き、「入れ」と言った。
その合図と共に、そのドアからは、わらわらと白い団子達が列を為して入って来た。
身体には、皆各々汁粉が付いて汚れている。
大きさは、のり巻き煎餅の恋人、白あられと然程変わらない。
そのチョコレートきび団子の声で城の中に入って来た白い団子達は、いわゆる、白玉団子だった。
その数、一つ、二つと数える事、四十六個。
まるで四十六つ子のように同じ顔をした白玉団子達は、しつけられた兵隊のように真っ直ぐ二列に並んだ。
「な、何よこれは」
「汁粉沼に居る白玉団子さん達だ。
あの汁粉沼には、意思を持たない団子と、意思を持つ団子が居る。
此処に来て貰ったのは、その意思を持つ団子の方々だ」
「それが一体何を」
「この方々が、金の玉であるのり巻き煎餅さんの証人だ。
今までずっと共に暮らしていたそうだからな」
そう言えば、汁粉沼の白玉団子達は、皆一斉にのり巻き煎餅へ笑い掛けた。
のり巻き煎餅は、見知った団子達に同じように破顔する。
傍に擦り寄っている白あられも、恋人が世話になった相手にぺこりとお辞儀をした。
「どうしてこんな事を」
「城の者から、今回の騒動を聞き付けてね。
また父上が良からぬ事を企んでいるのかと、個人的に先回りしていたんだ」
チョコレートきび団子は、兄であるきび団子の方を見て、「遅くなってすまない、兄さん」と言った。
だが、兄であるきび団子は、突然出て来た味方に、何やら拍子抜けしているようであった。
あずきなど、一気に増えた和菓子達に、軽くショックを覚えていた。
最早、何が何だか分からぬ世界である。
「さあ、これでも証拠が無いと言うのか?」
勢揃いした証人達を並べて、チョコレートきび団子は、さくら餅姫に詰め寄った。
流石にこれ以上は文句が付けられないさくら餅姫は、返す言葉を必死に脳内で探したが、やはり言い返すだけの良い台詞が浮かんで来ない。
「な、何よ!」
「さくら餅姫」
「何よ、何よ、何よ!
皆して、そんな人間の女なんか持て囃しちゃって!
わたくしの方が、きび王子に似合ってるじゃない。
わたくしの方が、ずっと長い事愛していたのに」
立場が悪くなったさくら餅姫は、ドンとチョコレートきび団子の胸倉を叩いた。
だが、女の和菓子に突かれたくらいの衝撃では、チョコレートきび団子も倒れる筈が無い。
それに益々気を害したさくら餅姫は、強気な眼差しに涙を一杯に浮かべ、勢いよく城から出て行った。
「さくら餅姫!」
きび団子も、王である饅頭も、驚いて声を掛けたが、さくら餅姫は止まらなかった。
追いかけるべきかどうか迷っているきび団子に、弟のチョコレートきび団子は「いい」と兄を制する。
「いい、俺が行く」
チョコレートきび団子は、颯爽と身を翻してさくら餅姫が出て行った先へと走って行った。
あずきは、またもや一人蚊帳の外に居るようで、小さくなって様子を見ている事しか出来なかった。
中途半端に自分も関わっているものだから、下手な発言も憚られた。
何かを問われたり、意見を求められても、きちんと応える自信だって皆無だった。
「チョコきび!」
ドアから完全に姿が消える直前、きび団子は弟であるチョコレートきび団子に声を掛けた。
チョコレートきび団子は、ふときび団子の方を向いて、「何だい、兄さん」と言う。
「すまない、チョコきび」
「いいさ、これくらい」
「そうじゃない、僕はお前のさくら餅姫に対する気持ちを」
「本当にいいんだ、兄さん」
城から出て行く戸に半分身体を隠したまま、チョコレートきび団子は笑う。
「子供の頃の兄さんが、俺の気持ちを知らなかったのも無理はない。
けど、途中で気が付いてからは、俺に気兼ねして、さくら餅姫に近付かないようにしていただろう?
逆に、俺の方が気を遣わせてしまって悪かったよ」
「チョコきび」
「さくら餅姫がずっと兄さんを好きだったように、俺もずっとさくら餅姫の事を想っていた。
兄さんは何も悪くないし、それ以前に誰も悪くない。
子供の頃、ママゴトついでに結婚の約束をしたからって、そんなもの然して意味は無い」
男らしいチョコレートきび団子は、やや眉を下げた兄を嗜めるように言った。
あずきは、二人だけで交わされる会話の意味が理解出来ずに、はてと首を傾げる。
「でも、俺らはもう子供じゃない。
さくら餅姫との結婚の約束だって、自分で何とか勝ち取るさ。
悪いけど、兄さん以上にいい男になった自信もあるしね」
チョコレートきび団子は、一度視線を外してから、またきび団子達の方を振り返った。
出て行ったさくら餅姫が何処へ向かっているのか確認したのだろう。
「幸せに、兄さん。
結婚は、本当に好きな人とするべきだ」
そして、それだけ言ったっきり、チョコレートきび団子は今度こそ姿を消した。
王である饅頭はわなわなと震え、「まさか、そんな」と零している。
執事のかしわ餅は、何処か思い当たる節があったのか、王とは正反対の言葉を呟いていた。
母であるいちご大福に到っては、泣き崩れるようにその場に身体を沈めている。
各々、思う事があったのだろう。
「なあ、きび王子」
だが、全く事の流れが把握出来なかったあずきは、斜め横に居るきび団子の背中を人差し指で突いた。
きび団子は、くるりと振り返って、目だけで「何だい」と語り掛けてくる。
「一体、何があったん?」
「ああ、チョコきびの事かい?」
「うん。
あたしには何が何やら分からんのじゃけど、どうなったん?
チョコきびさんは、さくら餅姫の事が好きじゃったん?」
あずきの問いに、きび団子は「そうだね」と言った。
そして、「あずきにも分かるように、また後で詳しく話そうね」と、さくら餅姫とチョコレートきび団子が出て行った戸に視線を移し、小さく溜息を吐いた。
TO BE CONTINUED.
2008.09.01
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