恋は割りと冷めやすいが、愛は割りとしぶとい。
恋は激しいが、愛は穏やかである。
ダーリンはきび団子☆
006/金玉探し
「お気を付けて」
門番のもみじ饅頭と執事のかしわ餅に見送られたあずきは、何が何やら分からぬまま、重い足取りで城を出た。
結局、さくら餅姫の提案通り、汁粉沼に行かされる羽目になったあずき。
それも、簡単な地図を一つ手渡されたきり、一人でである。
肝心のきび団子は付いて来なかった。
というより、本人は付いて来る気満々だったようだが、王に止められ、それも適わないようだった。
あずきは、酷く心細かった。
ただでさえ一人、見知らぬ土地に来ているのだ。
その上、命を落とす可能性があるような場に行けだなんて、どうかしている。
あずきは未だ幼い子供で、本来ならば親の庇護下に居なければならないような年だ。
それなのに、和菓子達はその辺りを考慮してくれない。
最後に、何処か申し訳なさそうな顔をしたまま見送ってくれたきび団子が頭から離れなかった。
諸悪の根源はきび団子と言っても過言ではないのだが、あずきはどうも憎みきれずにいた。
それどころか、きび団子が望むなら、出来る限りの事をしてやりたいと、おかしな想いまで抱いてしまった。
一人で旅立たされたのは辛いが、きび団子が悲しむのも嫌だった。
そして、さくら餅姫ときび団子が結婚するという話も、やはり好きになれなかった。
べっこう飴の道を途中まで歩いていると、左手に大きなおはぎの山があった。
地図に寄れば、その山を曲がれば良い筈である。
おはぎの山は、あずきの家の近所にあるジャングルジムより些か大きいようであった。
表面がぼこぼこしており、一つ、二つ、三つと、可愛らしく規則的に並んでいる。
麓には、砂糖菓子の綺麗な花が咲いていた。
あずきは、その山に沿って曲がりながら、腰元にぶらさげたおやつに手を伸ばした。
途中でお腹が空いてはいけないと、きび団子が持たせてくれた物である。
喉が渇いた時にはと、昆布茶まで水筒に入れてくれた。
あずきは、それらを両手に抱えて、おはぎの山と山の間の丁度日陰になっている所まで来ると、一休憩入れる為に腰を下ろした。
きび団子が持たせてくれたおやつは、どうやら団子の詰め合わせのようであった。
あずきは、何だかきび団子自身を食べている気がして、不思議と笑いがこみ上げてきた。
和菓子達には、共食いという観念がどうも無いらしい。
建物になっている事もあれば、食事になっている事もある。
そして、意思を持って動く事もあるのだ。
その辺りの基準が今一分かっていないあずきにしてみれば、このカニバリズムに近しい不思議な世界は、やはり変てこで妙ちきりんだった。
何故きび団子が喋るのかと聞いてみれば、「きび団子だからだよ」という的を射ない答えを返してくるくせに、食事にきび団子が出る事もあるのだ。
ただ、食用として出てくるきび団子は、何処にも顔が付いていないし、喋る事も、動く事もなかった。
違いといえば、それだけである。
三つ目の団子を口にしてから、あずきは水筒の昆布茶に手を伸ばした。
水筒にしてはやや大きめで、横にいびつな形をし、まるでお弁当箱である。
だが、きび団子が「昆布茶だよ」と言っていたので、紛いなりにも水筒なのだろう。
それでも、何処からどう見ても弁当箱な水筒の蓋を開け、あずきはお茶を出そうと、底の箱を傾けた。
しかし、出て来る筈のお茶は、一向に出て来ない。
もしや中身を入れ忘れたのだろうかと前後に振ってみれば、中でごとごとと異物がぶつかる音がした。
液体ではないが、一応何かが入っているらしい。
首を傾げたあずきは、その中を確認してみるべく、中蓋を開けてみた。
もしや、茶のパックをそのまま入れるというミスなどしているのだろうか。
そう思って開けてみれば、其処には茶のパックどころか、飲み物ですらない、あのきび団子本人が居るではないか。
余りに驚いたあずきは、「ギャー」と大声を上げて、思い切りその水筒を放り投げた。
水筒の中に入れられたままのきび団子は、変な雄叫びを上げながら、おはぎの山を一つ越えてしまった。
幾ら心配だからといって、隠れ方が異常である。
「急に投げないでよ」と言いつつ戻って来たきび団子には、おはぎ山の餡子が付いていた。
しかし、きび団子が戻って来る頃には落ち着いていたあずきは、見知った人が居てくれた事に、目がじんわりと熱くなった。
酷く心細かったのだ。
きび団子の過保護で、けれど少し不細工な愛は、それでもあずきにとって大きな支えになった。
それどころか、餡子だらけのきび団子が可哀相にさえ思えて、その汚れを舐めとってあげれば、きび団子は甚く喜んだ。
二人旅になったあずきときび団子は、そのままずんずんと道を進んでいった。
子供の足で長距離を歩くのは大変だったが、二人で話しながら行けば、然程苦にはならなかった。
それどころか、途中途中で情景を楽しむ余裕も出来た。
くず餅の田んぼ、金つばの塔、もなかの学校、エビ煎餅ばかりの村。
あんみつの公園の傍では、何処からともなく豚の声まで聞こえてきた。
姿までは確認出来なかったので、和菓子形をした豚なのか、或いは本物の豚なのかは分からなかったが、その豚はご機嫌に鼻歌を歌っているようでもあった。
酒饅頭を越え、抹茶の川に沿って歩き、また蒸し羊羹を越えて、二人はやっと汁粉沼へと辿り着いた。
汁粉沼は、あずきが想像していたよりずっと大きく、学校にあるプール程も拡がっていた。
所々に白の玉が浮かんでいる。
恐らく、白玉団子なのだろう。
「この中から、金の玉を探せばええん?」
「そうだね。
でも、気を付けて。
うっかり足を滑らせては、溺れてしまうよ」
恐る恐る近付いて、あずきは人差し指をそっと沼に浸けてみた。
沼はひんやりと冷えていて、冷やし汁粉になっていた。
それをぺろりと舐めてみれば、餡子の甘さがふんわりと口内に広がる。
あずきは、嬉々としてきび団子に言った。
「美味え!」
「そりゃ美味しいと思うよ、和菓子国の物は全て」
「此処の沼の汁、全部飲んだら、金の玉も出て来るん?」
「それは無理だよ、底無しなんだから」
「でも、何日もかけたら、飲めるかもしれん。
丁度、器もあるし」
きび団子が入っていた水筒を沼に浸け、あずきは「頂きます」と言うなり、それを豪快に啜った。
ごくごくと水のように平らげて、またすぐに御代わりを装い、それを胃の中に入れていく。
だが、最初こそ順調に行っていったものの、五杯にもなった頃には、胃が大袈裟なゲップを上げ始めた。
あずきは、幾ら和菓子が好きといえど、胃袋は普通の人並みなのである。
六杯目の汁粉を片手に、あずきは盛大に溜息を吐いた。
「もし、貴方達」
これでは、一体何百何千という汁粉を飲まなければならない羽目になるのだろうとあずきが頭を抱えていれば、横から控えめに声を掛けて来る者が居た。
小さな小さな、白のひなあられである。
声から察するに、女の子なようだ。
あずきは、ぐいと口元を拭ってから、「何」と応えた。
「貴方達は、此処で金の玉を探しているのですか?」
「うん、そうじゃけど」
「そうですか。
では、見付かったら、私にも教えて頂けませんか」
「それは別にええけど、どうして?」
突然、金の玉の件を持ち出され、あずきは不思議そうに問い返した。
白あられは、その問いに答えにくそうに一度言葉を濁らせ、「すみません」と謝ってくる。
「金の玉を探す事に、何か問題でもあるん?」
「そういう訳ではありません。
ただ、私にも知らせて欲しいだけで」
「何で?
一杯取れたら半分分けてもええけど、一個しかなかったら、あたしも持って帰らんとおえんから、絶対にあげるっていう約束も出来んよ」
どうも歯切れが悪い白あられに、あずきは正直に事の成り行きを話した。
白あられは、一度逡巡して、それからあずきを見た。
「この汁粉沼には、毎日のように猛者がやって参ります」
「そうなん?」
「そのほとんどが、金の玉を探しているのです。
金の玉を探し出せば、己こそが有名になれると信じて」
「うん」
「しかし、皆は知らないのです。
その金の玉の、本当の正体を」
それだけ言えば、今まで黙っていたきび団子が、「あ」と声を上げた。
きび団子の目線の先は、汁粉沼の丁度真ん中である。
その汁粉沼の中央には、白玉ではない何かが浮いていた。
明らかに、黄金色をしている。
あずきは叫んだ。
「金の玉じゃ!」
「え、本当に?」
「本当!
な、きび王子?
あれ、金の玉じゃったよな?」
「ああ、そのようだね」
突如現れた金の玉に、あずきは歓喜一杯の声で叫んだ。
だが、その声に驚いたのか、金の玉はまたこぽりと沼に沈んでしまった。
あずきは「ああ!」と、今度は驚嘆の声を漏らしたが、泳いで取りに行くには、少々危険過ぎる。
底無しというのが本当であれば、泳ぎが然して得意ではないあずきなど、簡単に溺れてしまうに違いない。
どうしようかとまごついていると、白あられが沼の近くまで走っていった。
そのまま行けば落ちてしまうとあずきは慌てたが、白あられはそのような事など気にしていないようだ。
「のり巻きさん!」
白あられは、その金の玉が沈んだ先に向かって大きな声で叫んだ。
あずきは、矢庭に出て来た聞き慣れぬ名前に、特大の疑問符を浮かべた。
しかし、白あられは、あずきやきび団子の事など見ていない。
「のり巻きさん、出て来て下さい!
のり巻きさん!」
白あられが叫んでも、沼に金の玉は浮かんでこない。
あの金の玉は、のり巻きさんという名前なのだろうかと、あずきは纏まらない頭で考えた。
「のり巻きさん、貴方に謝りたいんです。
貴方に、あんなにも酷い事を言ってしまって。
けれど私は、まだ貴方の事をこんなにも愛しているんです」
白あられは、ぽろぽろと涙を零して、そののり巻きさんとやらに訴えていた。
それでも、沼は静かなままだ。
「貴方がどうしても許してくれないと言うのならば、私は此処で死んでもいいと思っています。
今日まで毎日のように貴方に許しを請うて来ましたが、私も、もう疲れました。
貴方が居ない毎日なんて、辛すぎる」
白あられは、その場にぺたりと座り込んだ。
そして、ゆっくりとあずきの方へと振り返る。
「一つ、お願いがあるのですが」
「な、何?」
「今此処で、私を食べてくれませんか。
のり巻きさんが居ない日々なんて、最早何の価値もありません。
それならせめて、のり巻きさんの近くで死にたいのです」
自殺を手伝ってくれと言わんばかりの科白に、あずきは「えええ?」とまたもや大声を上げた。
あずきとて、動く和菓子達を食べてしまえば、そこでその命が果ててしまうという事は、何となく分かっていた。
恐らく、ちょっと齧られただけでも大事な筈だ。
「そ、そんな無茶な」
「この底無し沼に沈めるものなら私もそうしたいのですが、のり巻きさんは、私が溺れ死ぬ事を許してくれませんでした。
何度沼に足を突っ込んでも、気が付いた時には、必ず沖の方に打ち上げられているのです。
だから、人間である貴女が此処に来た時、やっと機が来たと思いました。
沼で命を絶つ事が出来ないのならば、貴女に食べて貰うしかないと」
切なる眼差しで、白あられが言う。
だが、幾ら和菓子好きなあずきと言えど、意思を持った和菓子を食する事には引け目を感じていた。
奥歯で咀嚼する度、悲鳴が聞こえて来ようものなら、スプラッタ映画も真っ青な状態になる。
和菓子の身体から血が出るのかどうかは分からないが、決して気持ち良く食べられるものではなかった。
しかし、あずきが頑として断るその前に、沼の方で異変が起きた。
一箇所から急にこぽこぽと泡が出て来たかと思えば、そこからとんでもない勢いで金の玉が現れたのである。
否、それは良く見れば、金の玉などではなく、海苔が剥がれた丸い黄金色ののり巻き煎餅だった。
金の玉は、金の白玉なのだと勝手に思い込んでいたあずきは、目をくるくると回して見詰めるしか出来なかった。
「白あられ!
そんな事は、このおいらが許さないぞ!」
「のり巻きさん!」
「そいつに食われちまったら、もうお前に会えねえでねえか!
おいらだって、まだお前の事が好きなんだ」
金の玉こと、のり巻き煎餅は、あずきに白玉をぶつけてきた。
どうやら、あずきが恋人である白あられを食べようとしていると思ったらしい。
その突然投げ付けられた白玉に、あずきはこてんと転んでしまった。
何だかもう踏んだり蹴ったりな状態である。
「でも、のり巻きさん。
貴方はずっと、喧嘩をしてその沼に入ったっきり、私に姿を見せてくれなかったじゃないですか」
「そ、それは、お前の愛を確かめてただけだべさ。
そうしたら、気付かぬ間に金の玉だなんて噂なんかも出て来て、余計出ように出られなくなっちまって」
しどろもどろと弁解しつつ、のり巻き煎餅は白あられに思いの丈を零していた。
一気に外野に回されたあずきときび団子は、二人の様子を伺う事しか出来ない。
「わ、私、幾ら貴方が泳ぎが得意だからといって、本当に溺れてしまった日にはどうしようかと、凄く心配したんですからね」
「すまねえ、白あられ」
沼から上がって来たのり巻き煎餅に、白あられは縋り付いて泣いた。
何とも感動的な再会シーンである。
「そういえば、海苔はどうなさったのですか?
貴方のチャームポイントだったのに」
「ああ、海苔なら、此処に溺れた奴らを助ける為に使っていただよ。
今ではすっかりふやけちまってるが、お陰で死者は零だべ」
のり巻き煎餅は、最早海苔なのかどうなのか分からぬ黒い布を沼から取り出した。
成る程、それはのり巻き煎餅が言ったように、海苔としての働きはもうこなせそうもないドロドロ具合である。
それなのに、身体は何処もふやけている風はない。
やはり和菓子というものは、全く不可解な生き物なようだ。
けれど、この言葉を聞いたきび団子には、一つの疑問が浮かんだ。
きび団子は、この沼の噂を何度か聞いた事がある。
たとえば、沼には金の玉が一つだけ沈んでいる事。
そして、底無し沼で溺れた者は、皆死んでしまうという事。
金の玉の正体はこの黄金色をしたのり巻き煎餅だったにせよ、沼で溺れた者が死んでしまったという噂は、先程ののり巻き煎餅の台詞とかち合わない。
はて、どうした事かと考えたきび団子は、それをそのまま口にした。
「しかし、この汁粉沼には、溺れ死んだ者が多数居ると聞いたけれど。
零というのは、おかしくないかい?」
きび団子の独り言に近しい問いに、のり巻き煎餅は、すぐ「ああ」と反応した。
思い当たる節があったようだ。
「おいらが、そういう噂を流すように脅していたんだべ。
溺れた奴らを助けて、助けたお礼に、そういう噂を流せってね。
そうすれば、こんな危険地帯に近付く奴らは減るだろうし。
金の玉を求めて来る馬鹿な奴らが後を絶たなかったから、仕方なかったんだべさ」
確かに、この沼で多数の者が溺れ死んでいるのならば、あずきは先程、死者の身体が沈み、溶けた汁を喰らっていた事になる。
きび団子は、説明された内容に素直に納得していたが、あずきはその時になって初めて自分の為した事が恐ろしくなり、げえと一度えづいた。
その後も、一体どういう理由で喧嘩をし、沼に潜ったのかまでは分からなかったが、のり巻き煎餅と白あられは、ぴったりと寄り添って愛を確認しあっていた。
和菓子同士という滑稽なシーンではあるが、その心から想い合う様は、あずきに何処か羨ましくも映った。
あずきは未だまともな恋愛など経験した事はなかったが、恋人というものはこんなにも素敵なものなのだと、そのような事まで思ってしまった。
白あられが安心の余り涙を零せば、のり巻き煎餅がそれを拭うように擦り寄う。
何処からどう見ても、ドラマの主役を張れるだけの愛し合いぶりだ。
胃のむかつきも治まった頃、あずきがふと目線をずらせば、横に居たきび団子と目が合った。
きび団子は「一件落着だね」と笑っていたが、何故だか急に恥ずかしくなってきたあずきは、それに返事をする事も出来ず、顔を赤くして下を俯いてしまった。
TO BE CONTINUED.
2008.08.29
引用:柴門ふみ「恋愛論」
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