白雪姫であったり、シンデレラであったり、人魚姫であったり、
必ずヒロインには敵が付き物。

例えば、継母だったり、義理の姉妹だったり、意地悪な魔女だったり。
とにかく、多かれ少なかれ、試練やライバルはあるものなのです。

ダーリンはきび団子
004/ライバル登場

息苦しい。
けれど、心地いい。

あずきは、閉じている目蓋をそのままに、口内を侵されている感覚に酔っていた。
舌を絡ませば、更に芳しい香りが一杯に拡がる。

頬を優しく撫でられるものだから、更に新しい刺激まで欲しくなって、両腕を伸ばしてみた。
すると、その腕はすぐに何かに掴まり、丁度良い高さに掛けられるようになっていた。

これは一体何なのだろう。

眠りから覚めたばかりのあずきは、緩慢と目を開けた。
目蓋の中に、明るい陽射しが入って来る。

しかし、次に目に入ったのは、金の髪をした成人男子、あのきび団子の王子だった。
あずきは、そのきび団子の王子に、深く濃厚に口付けられていたのだ。

寝惚けていたとはいえ、それに自ら応えるような事までしてしまった。
上から圧し掛かる王子に、腕を回しているあずき。
先程、丁度良い高さに肘掛がある、などと思っていたのは、王子の肩だったようだ。

一気に目が覚めたあずきは、力一杯に王子の頬を叩いた。
ばっちーんと派手な音が立てられれば、王子は簡単にあずきから吹き飛んで行った。
衝撃の余り、人間の姿をまたもや留める事が出来なくなり、壁にぶつかった時には、球形のきび団子に戻っていた。

だが、この遣り取り。
実は、今日が初めてではなかった。
あずきがこの和菓子国に招かれ、もう三日。
あれやこれやで引き止められたままのあずきは、未だ我が家に帰れずにいた。

そして、毎晩一緒に眠り、毎朝キスで起こされるのも、これで三度目。
しかし、未だ幼いあずきは、この濃厚なキスに慣れずにいた。

夜は眠さが勝って流されるのだが、朝は一気に目が覚めて、寧ろ勢いのままに王子の頬を殴ってしまう。
勿論、ただ恥ずかしいという気持ち故だが、その叩き具合に遠慮はなかった。
だが、懲りない王子も、毎晩・毎朝と口付けてくる。
突然キスをし、あずきに叩かれ、「フィアンセなのに、酷いな」と不満を零す。
それも、最早日課になりつつあった。

「イチャつくのは、その辺にして貰えませんかね」

今日も、いつもの遣り取りを繰り返していれば、ドアの傍で声がした。
其処には、やや疲れた顔をしたかしわ餅が居た。

かしわ餅は、きび団子のお目付け役であり、執事でもある。
こうやってよく部屋に入って来ては、二人の世話を焼きつつ、何やらぶつぶつ文句を言っている。
かしわ餅も、人間であるあずきをお后として娶る事に反対らしい。

「ああ、かしわ餅。
どうしたんだい」
「どうしたも何もありますか。
朝食の準備をしてますから、さっさと大広間に来て下さい。
それから、婚前にいかがわしい事をするのも、私はどうかと思いますが。
もし子供でも出来てしまったらどうするのですか」

はあーっと盛大に溜息を吐いたかしわ餅は、朝から盛っているきび団子に言った。
だが、言われたきび団子は、その台詞にきょとんと目を丸くしている。

「それは無いよ、かしわ餅。
僕達は身体の関係までは到ってないんだから」
「は?
そうなのですか?」
「うん。
実はあずきがね、未だ大人の階段を…」

恥ずかしげもなく言いだしたきび団子に、あずきは近くにあった煎餅の枕を放り投げた。
器用に避ける事も出来なかったきび団子は、ばふっという音をたてて煎餅の下敷きになった。

実は昨夜、いつものようにキスを受け、ずるずると眠りに誘われている最中、きび団子は、突然あずきの下半身に手を遣って来たのだ。
とても驚いたあずきは、下着の中に入ろうとしているきび団子の手を取って、何をする気だと怒鳴りつけた。
その問いに、きび団子は、父である王を納得させる為、出来ちゃった婚でもしようかなどと言う。
この提案に度肝を抜かされたあずきは、もう力一杯抵抗して、きび団子を思い切り煎餅で殴り付けた。

そもそも、きび団子と人間の間に子供が出来るのだろうか。

あずきは疑問に思ったが、それ以前に、未だ初潮を迎えた事のない身体は、たとえ相手が人間であったとしても、男を受け入れる準備は不十分だった。
最近やっと薄い下生えというものが生えてきて、胸が小さなお椀程度になったのだ。
つまり、他の子達より成長が遅い彼女にとって、相手がきび団子であろうが何であろうが、男と性交渉を交わすには些か早過ぎるのだ。

煎餅できび団子を殴っている間、それを思い出したあずきは、その旨をきび団子に話した。
学校で習った保健体育では、生理の無い女の子には、子供が作れないと言われていた事。
そして、自分には、未だそれが無い事。
要は、男との関係も持てない事。

普段なら、こんな恥ずかしい話を他人に教える訳はないのだが、余りに気分が高揚していた為、あずきはうっかり口を滑らせてしまった。
きび団子は、告げられた内容に一瞬驚いた顔をした。
けれど、それもすぐに打開策にぶつかったらしく、吃驚していた表情も、一秒後にはニコニコしたものに戻っていた。
そして、事も有ろうか「では、あずきに初潮が来たら、すぐに僕のものにしてしまおう」などと言い始めたのだ。

そのような事が昨夜あったばかりなのだが、早速その件をかしわ餅に言おうとしたきび団子に、あずきは怒っていた。
勿論、ここ数日一緒に暮らし、きび団子の性格は何となくだが分かっていた。
きび団子は、酷く純粋で、天然で、でも確りした成人男子らしい。
そして、何よりあずきを愛してくれる。

あずきは、自分などの何処がいいのかと少々首を傾げていたのだが、問い質したところで、相手は「和菓子を愛してくれるあずきが好きだ」としか言わない。
その余りの懐かれように、色々と纏わりつかれても、どうも強く突っぱねる事が出来ずに居た。

かしわ餅に連れられてやって来たのは、朝食が準備された大広間だった。
席には、誰も付いていない。
父である王は、息子のきび団子に腹を立て、一緒に食事を摂ろうとしないらしい。
母は、父に常に付き従っている。
弟のチョコレートきび団子とマスカットきび団子は、話には聞けど、ここ数日、その姿を見せた事が無い。
かしわ餅曰く、弟の二人は、外交で忙しくしているようだ。
長男のきび団子とは違い、非常に働き者なのだな、とあずきは思った。

きび団子にはきび団子用の、あずきにはあずき用に用意された椅子に座り、砂糖菓子で出来たお皿の上に乗っている色とりどりの和菓子を、あずきはぺろりと平らげた。
あずきは、食べ物の中で、和菓子を一番に好んで食す。
この和菓子国に来てから、その好物の物ばかり食べられる生活は正直満足していたが、そのせいで我が家を思い出す事も多々あった。
たとえば、父の作ってくれたきび団子はもっと美味しかったな、とか、母がドラ焼きの作り方を教えてくれると言っていたな、とか。
弟の栗太郎に関しては、和菓子を毛嫌いしていた為、その嫌がった顔ばかりが浮かんだ。

最後に出された抹茶を啜っていると、ホール内が賑やかになった。
また誰かが来たらしい。
あずきが部屋の入り口に目を遣れば、きび団子の父である饅頭が居た。
傍には、心配そうな顔をした母のいちご大福も居る。
どうやら、喧嘩中の息子、きび団子に会いに来たらしい。

「これは父上、おはようございます」

やや棘のある言い方をしたきび団子は、それだけ形式上の挨拶をした。
城の者は、二人の険悪な雰囲気に、些か動揺しているようであった。
事の原因は、あずきである。
あずきは、小さくなって、その事の成り行きを伺う事にした。

「きび王子、お前は未だ考えが変わっていないのか」
「あずきの事でしたら、変わるも何もありません。
彼女以外は有り得ないですから」
「そうか、変わっていないと言うのだな」
「だったら何ですか、僕を城から追い出しますか?」

別に勘当されても構わないのだと言わんばかりに啖呵を切ったきび団子は、堂々としたものだった。
きび団子の覚悟は、並大抵なレベルではなかった。
あずきを嫁として迎え入れられないならば、この城を捨てるつもりでもあった。

「いや、追い出す事などせん」

だが、王は静かに言った。
きび団子は、出て行けと言われるとばかりに思っていたので、拍子抜けしたように「え?」と問い返した。
王は、きび団子の素っ頓狂な声など無視し、自分の後ろであるドアの方を向き、「入って来なさい」と言う。
すると、その王の後方からは、桃色の美しい和菓子が入って来た。

さくら餅姫

きび団子は、その姿を見て、ぽつりと言った。
どうやらきび団子の知り合いらしい。

あずきは、きび団子と、そのさくら餅姫を交互に見た。
さくら餅姫は、もちもちした生地が美味しそうな、つんとした目が印象的な和菓子だった。
恐らく、和菓子達の中でも相当な美人に振り分けられるのだろう。
そう思うと、何故かあずきの胸がちりちり痛んだ。

「きび王子。
お前、隣の城のさくら餅姫の事は覚えているだろう。
小さい頃、よく弟達と一緒に遊んでいたのだからな」
「それは勿論、覚えていますが」
「では、さくら餅姫との約束も覚えているな?
聞けば、お前が成人したら、さくら餅姫を嫁に貰うと言っていたようじゃないか」
「父上!
しかし、それは」

何か思い出したように叫んだきび団子に、王である饅頭はきっと目の色を変えた。
きび団子は、先までの勢いを小さくさせている。

「お前も承諾した筈だな?
忘れたとは言わせんぞ」
「あ、あれは、まだ僕も小さかった筈です。
まだその事の重大さを理解していなかった」
「だが、約束は約束だ。
一王子として、それを全うするのは当然の流れだ」

王は、勝ち誇ったように胸を張った。
きび団子は、もう言い返す文句も浮かばないのか、眉を八の字に下げて、唇を噛んだ。
あずきは、きび団子が再度抗議するのを待っていた。
別に、この城のお后として来るつもりなど微塵もないのだが、此処できび団子に引き下がられるのは、何となく嫌な気がした。

だが、きび団子は、「分かりました」とも言わぬ代わりに、反対もしなかった。
ただ黙って、何かを思案しているようだった。
その煮え切らない態度に、あずきの中にはモヤモヤしたものが渦巻き出した。
その灰色の感情を認識したと同時、口は勝手に言葉を紡いでいた。

「あの!」

言った途端、自分は一体何を言いたいのだろうと思ったが、時すでに遅し。
立ち上がって口を挟んだあずきに、皆の視線は一斉に降り注ぐ。

「おや。
あずきさんとやら、何か問題でもあるのかね?」
「あ、い、いや、えっと、そのー」
「君も、このさくら餅姫を前にして、自分だけがフィアンセだと言い切れるかね?
君は未だ幼い上、我々と違って人間だ。
きび王子に吊り合うとは、到底思えないがね」

あずきに敵対心を持っているのか、ずけずけと王は遠慮する事もなく言った。
その言葉の中にふんだんに盛り込まれた刃に、あずきは益々尻込みしてしまう。

「きび王子は、この城の後継者だ。
悪いが、君のようなしがない小娘に任せる訳にはいかないのだよ。
分かるかね?」

王の科白に、あずきもきび団子と同じように頷く事もなく、だがぐうの音も出ず、黙って椅子に腰掛けた。
しかし、この王の言葉に、きび団子は何かが吹っ切れたのか、最初の剣幕を取り戻して声を上げた。

「父上、そんなにも仰るのならば、あずきが僕のフィアンセに相応しい娘だという事を証明致しましょう。
それに、僕は、さくら餅姫を全く愛していません。
愛の無い結婚など、して何の意味がありましょう」

凛として抗議するきび団子は、確かに球形の和菓子だが、心なしか格好良くも見えた。
あずきは、変に高鳴り出した胸を抑えて、顔を赤くした。

「愛はあるわ」

だが、きび団子に対して更に文句を言う声があった。
透き通った高い声は、さくら餅姫のものだ。

「何を言っているんだい、さくら餅姫。
僕達は」
「わたくしは、きび王子を愛しています。
それこそ、小さな時から、ずっと。
きび王子が何と言おうと、昔の約束は守って貰います」

さくら餅姫の勢いは、きび団子にも、王にも、勿論あずきにも負けない程だった。
しんとしたホールの中、あずきは未だ胸を抑えていた。
誰も聞こえている筈は無いというのに、不安に煩く鳴り始めた心臓の音が、辺りに漏れているような気もした。





TO BE CONTINUED.

2008.08.27


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