あっけらかんときび団子は言った。
「僕と結婚しよう」と。
硬く首を横に振って饅頭は言った。
「絶対に許可する訳にはいかない」と。
ダーリンはきび団子☆
002/許しません!
「御免、御免。
服とやらを忘れていたね」
あずきの肩に乗った岡山名産の和菓子、きび団子は、然して気にしている風も無く謝った。
あずきは、そういう問題じゃないのに、などと一人呟きながら、先程見た光景を必死で頭の中から消そうとしていた。
せめて下着でも穿いていてくれれば良かったのだが、人としての常識がとんと外れているらしいこのきび団子は、その点は全く気にならないらしい。
あずきが歩いている歩道は、黄金色のべっこう飴で出来ていた。
この世界のほとんどは和菓子で出来ているらしく、先程きび団子がぶつかった茶色の直方体をした物体も羊羹だと教えられた。
川の水は抹茶だ。
道端に生えている花も、砂糖菓子で出来ていた。
きび団子に案内され、べっこう飴の道を歩いていけば、所々に饅頭の民家があった。
あずきの腰くらいの大きさだ。
住民が和菓子達なのであれば、丁度良い大きさの民家なのだろう。
そのまま先に突き進めば、あずきの店程度に大きな饅頭が聳え立っていた。
天辺には旗が立っており、窓のような穴も空いている。
きび団子が、「あれが僕の城だ」と言った。
「本当に王子様だったんじゃ」
「僕を疑っていたの?
残念だな」
あずきは続きざまに現れる不可思議な物に、何処か頭のネジが外れてしまったように感じた。
きび団子に促されるままその大きな饅頭城に近付けば、かりんとうで出来た門の近くに、もみじ饅頭が立っていた。
剣のつもりなのだろうか、つまようじを持っている。
きび団子と同じように、その身体には小さな目と口も付いていた。
「今帰ったよ、もみじ饅頭。
門を開けておくれ」
「これはこれは、きび王子!」
もみじ饅頭は、あずきの姿を見て些か驚いていたようだが、そのあずきの肩からきび団子の声を耳にして、すぐさま小さく礼をした。
そして、きびきびと動いて、重厚なのかそうでないのか分からない門を開けてくれた。
あずきは、内心、もみじ饅頭が喋る事に驚いていたが、先にきび団子が喋っているのを聞いていたので、それも中途半端に納得してしまった。
ここは和菓子の国で、和菓子が各々動き、喋る世界らしい。
どうしてこんな所に来てしまったのかは分からなかったが、どうやらそういうものらしかった。
もみじ饅頭は、あずきの事を然して問い詰める事もなかった。
きび団子に指示され、通されたのは、大きな饅頭城の中だった。
入り口はやや狭かったが、少し腰を屈めば、背の低いあずきは難なく入れた。
入ってみれば、天井が高いお陰で、中腰にならずともきちんと立つ事が出来た。
城の中は、大きなホールになっており、忙しなく動く和菓子達が居た。
「一杯和菓子が居る」
「当たり前だろう、あずき。
此処はお城なんだから」
やはり何処か的の外れた返答しかしてくれないきび団子は、あずきの肩からぽんと下りて、先に一人で進んでいった。
すると、横からぽんよぽんよと慌しくきび団子に近寄って来る者が居た。
きび団子よりほんの少し凛々しい顔をしている。
かしわ餅だ。
「きび王子、探しましたよ!」
「おや、かしわ餅。
そんなに急いでどうしたんだい」
「どうしたも何もありますか。
今日は大事な話があると言ったっきり、急に姿を消したりなんかして。
このかしわ餅、酷く心配したのですよ!」
やはり、かしわ餅も喋るようだ。
だが、きび団子に捲し立てるように言うかしわ餅の目には、あずきは映っていなかった。
それどころか、城に居る者達全員が、あずきの姿を見ても、そう驚く素振りを見せなかった。
普通、和菓子ばかりの国で、人間のような大きな生き物が来れば大騒ぎするものだろうが、そうでもないらしい。
注目する程でもないようだ。
あずきは、身の置き所が無い気がして、大人しくその場に座り込んだ。
「その事なんだけど、父上と母上は居るかい?
紹介したい人が居るんだ」
きび団子は、大きな身体を小さく丸めているあずきに目を遣った。
その視線を追って、かしわ餅があずきを見る。
かしわ餅は、一瞬目を見開いて、「まさか」と言った。
「きび王子、この人間の娘さんは」
「以前話しただろう?
詳しい話は、父上達にするよ。
何処に居る?」
かしわ餅はわなわなと震えたが、そんなものは気にしていないきび団子は、辺りをきょろきょろと見渡した。
蚊帳の外に居るあずきは、目の合ったかしわ餅に軽く会釈をしたが、かしわ餅はそれに返してくれなかった。
思う事があるらしく、何やら神妙な面持ちになっている。
周りの和菓子達がガヤガヤと騒ぎ始めた。
あずきは、今度こそ自分の事を言われているのかと、先程とは違う意味で小さくなった。
しかし、その皆の視線の先は、あずきなどではなく、奥の部屋にあるようだった。
何か催し物でもなされるのだろうか。
あずきは、目を凝らして其方を見た。
そのどよめきの先には、立派な饅頭と、美しいいちご大福が居た。
「ああ、居た。
父上、母上」
その饅頭といちご大福を見て、きび団子は声を上げた。
父、母と呼ばれた饅頭といちご大福は、その声を聞き付けて、すぐにきび団子の方へと寄って来た。
饅頭の頭にはきび団子と同じような王冠が乗っており、真っ赤なマントも肩から掛けていた。
ただ、王子とは違って、たっぷりと蓄えた髭が、王様らしい威厳を持たせている。
いちご大福の頭には、きらきらしたティアラが光っていた。
しずしずと動くその歩き方も、とても高貴で美しい。
どうやら饅頭の王様の妻であり、きび団子の母であるらしい。
「きび王子、急に居なくなって心配したぞ。
今、捜索隊を出そうかと話していたところだ」
「そうですよ。
父も母も、貴方に何かあっては、生きておられません」
父と母は、突然姿を消していた息子に詰め寄った。
それに、きび団子は「申し訳ありません」と軽く謝っただけで、すぐにあずきを振り返る。
「それよりも、父上、母上に紹介したい人が居るのです。
実は、話したいと言っていた事は、この方の件なのです」
父と母に、予め話があると宣言していたらしいきび団子は、またぽよぽよと弾んであずきの傍へと戻って来た。
そして、ぴょんとあずきの膝の上に乗り、嬉々として言葉を続ける。
「この娘さんは、千坂あずきさんです。
僕は、この娘さんを妻に迎え入れようと思うのです」
きび団子は、相変わらずご機嫌だった。
だが、きび団子の発言の後、父である饅頭も、母であるいちご大福も、そしてその他、様子を見ていた城の者達も、一斉に大声を張り上げた。
幾ら小さな和菓子達といえど、皆が一度に声を張り上げれば、城の中は余りの大音にびりびり震えた。
あずきの鼓膜も、キーンと鳴った。
「き、き、き、きび王子!
お前、正気か!」
「そうですよ、きび王子!
貴方、言っている事の重大さが分かっていて?」
父と母は、動転しているせいか、声が裏返っていた。
けれど、きび団子は当たり前だと首を縦に振る。
「父上、母上。
僕はもう決めました。
この娘さんを、僕の妻と致します」
きっぱりと言ったきび団子に、饅頭の王様は開いた口が塞がらないようだった。
いちご大福のお后様は、身体を地に深く沈めた。
足があれば、今頃、床にしゃがみ込んでいるところだろう。
かしわ餅は、頭に乗っている葉っぱで目を覆って、「ああ」と溜息を吐いた。
「ちょ、ちょっと。
きび王子?」
皆が余りに落胆しているので、あずきは恐る恐るきび団子に話し掛けた。
きび団子は、「ん?」と嬉しそうにあずきを見る。
「きび王子の奥さんになる話、あたしはまだいいって言ってねぇよ?」
小声で言えば、きび団子は「そうだっけ?」と首を傾げる素振りをした。
周りの者の反応から察するに、人間が和菓子と結婚するだなんて有り得ないと考えるように、和菓子達も、人間を娶るだなんて普通ではないらしい。
種族問題など比ではない。
そもそも人間ときび団子など、一緒になれる筈がないのだ。
けれど、何やらとんでもなくおかしな事を一人言っているきび団子には、その自覚が全くない。
「でも僕は、あずきが好きなんだよ。
あずき以外を妻にする気はない」
あずきや他の和菓子達の気持ちも放っておいて、きび団子は事も無げに言ってのけた。
あずきは、その時初めて聞いたきび団子からの愛の言葉に、一瞬ドキリとしてしまった。
先程のプロポーズは、余りに矢庭に言われたものだから、ほとんど右から左へと抜けていた。
だが、こうもストレートに思いの丈を告げられては、意識せずにはいられない。
たとえ相手がきび団子であったとしても、だ。
寧ろ、このきび団子の姿が可愛い、などと思えてしまった。
「だ、だ、駄目!」
あずきは、良からぬ方向に動いている頭を咄嗟に横に振った。
このままでは訳の分からぬまま絆されてしまう。
だが、きび団子はあずきの言葉など気にしていないようだった。
それどころか、くるりと王達を振り返り、「とにかく、決めました」などと言う始末だ。
「い、いかん、いかん、いかん!
わしは認められん!」
破天荒な息子に、王様は大声を張り上げて反対した。
あずきは、自分の意思を尽く無視してくれるきび団子や和菓子達に、ぷうと頬を膨らませた。
やはりあずきは蚊帳の外なのだ。
もし此処で王の許可が出れば、あずきが断固として嫌だと言っても、強固に式の準備でも進められかねない。
しかし、きび団子の父である饅頭は、あずきとの結婚を認めなかった。
きび団子は、頑固な父に「どうしてですか!」と声を上げた。
あずき以外の者達は、騒然としていた。
それなりに大きな城のホールの中、和菓子一杯の匂いに包まれて、きび団子と饅頭の間には、険悪な雰囲気が漂っていた。
TO BE CONTINUED.
2008.08.20
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