大ー好き、和菓子!
大ー好き、きび団子!
でも、変態さんは、ちょっと嫌い。
ダーリンはきび団子☆
001/ウェルカム、マイ・ハニー♪
某日、岡山。
老舗きび団子屋を営んでいる千阪家は、今日も忙しく動いていた。
「あずき、これを出しておいて」
「お母ちゃん、これだけ?」
「そう、それだけ。
零さないようにね」
千阪家が経営している「ちさか屋」では、「あずき」という和菓子が好物な娘が居る。
若干、十四歳。
本来であれば反抗期を迎え、家の店の手伝いなど嫌いそうな年頃だが、この子は進んで和菓子の世話をしていた。
あずきは物心が付く前からずっと和菓子で育てられた為、気が付いた頃には主食かと思われる程に和菓子好きになっていた。
中でも、実家が主に販売しているきび団子は、毎日食べても飽きない程だ。
実際、朝・昼・夕御飯の後にオヤツとして、学校に持って行くお供として、寝る前の夜食として、始終食べている始末だった。
将来こそ、家業のきび団子屋を継ぐのだと信じてやまなかった。
「姉ちゃん、お腹空いた」
せっせと店に出すきび団子を運んでいる最中、あずきの前に、未だ毛の生え揃っていない小さな男の子が現れた。
あずきの弟で、今年五歳になったばかりの栗太郎だ。
千阪家は、あずきと栗太郎の二人姉弟である。
年が離れた栗太郎を、あずきも大変可愛がっていた。
しかし、栗太郎はあずきと正反対の嗜好をしていた。
あずきは和菓子が、中でもきび団子が非常に好物なのだが、栗太郎は和菓子が大嫌いなのだ。
暇さえあれば洋菓子の、特にシュークリームばかりを食し、実家で出している和菓子はほとんど食べなかった。
きび団子など、あからさまに嫌な顔をする程に嫌いだった。
「姉ちゃん、今は忙しいからシュークリームは買いに行けれんよ」
「でも、僕、お腹空いた。
今すぐシュークリーム食べたい」
「栗、ちょっと待っとってよ。
姉ちゃん、仕事が落ち着いたら、後で買って来てあげるけぇ」
「栗」と呼ばれた弟の栗太郎は、姉に言われて不満そうに口を尖らせた。
栗太郎は、幾ら和菓子が嫌いといえど、一応和菓子屋の息子である。
姉のあずき同様、店仕様の作務衣を着せられており、その裾を摘んだまま嫌々と身体を左右に振った。
あずきは家業を大事にする娘であるが、弟を大変可愛がる良い姉でもあった。
全力で走って行けば、二十分内にはシュークリームを買って来られるだろう。
駄々をこねる栗太郎に、頭の中で算段したあずきは、仕様が無いなと一度溜息を吐いた。
「じゃあ、ちょっと待っといて。
姉ちゃん、ひとっ走りして買って来てあげるけぇ」
頭の天辺で結った三つ編みを縛っている手拭いを締め直し、あずきは小さな弟の頭を撫でた。
その姉の台詞に、栗太郎はニカっと破顔する。
幼いながらも、誰に甘えれば自分の欲求を満たす事が出来るか知っている栗太郎は、決して父や母に洋菓子を頼まない。
両親に頼んだところで、「和菓子屋の息子なのだから、これで我慢しなさい」と、数種の団子を持たされるだけだと分かっているのだ。
その点、あずきは何だかんだと弟を甘やかす傾向にある。
若干五歳ながらもずる賢くなってしまった栗太郎に約束をして、店の暖簾を潜ったあずきは赤い木履をかぽかぽ鳴らして出て行った。
店の外は、通り雨でも来るのだろうか、些か曇っているようであった。
帰るまでに降らなければいいが、など思いながら、あずきは厚底の木履で走った。
あずきの店から走って七分程の所には、最近出来たばかりのシュークリーム屋がある。
釜焼きシュー生地の中に入れられた生クリームとカスタードクリームの共演は、酷く癖になるのだと、あずきの同級生も言っていた。
あずきも何度か食べた事があるが、確かにそのシュークリームは美味かった。
和菓子好きといえど、あずきは甘味であれば洋菓子だろうが何だろうが訳隔てなく食べるのである。
シュークリーム屋まで後少しという所で、雷がゴロゴロと鳴り出した。
暗雲が空一杯に広がっていた。
湿気を帯びた空気が、纏わりつくように漂っている。
あずきは手に握っていた巾着の財布を握り締め、ミニスカートにしている作務衣を気にする事なく、走る速度を一層速めた。
だが、シュークリーム屋の看板が見えた所で、あずきは派手に転んでしまった。
赤に白の文字で「釜焼きシュークリーム、マ・シェリ」と書いている看板が視界から消えてしまった。
顔面から地面に落ちたあずきは、叫ぶ暇もなく倒れていた。
余りに豪快にこけたので、至る所が痛かった。
鼻先まで届いていたシュークリームの甘い匂いも、何処か遠くに遠退いた気がした。
「大丈夫かい?」
余りの痛さにそのまま地に伏していれば、頭上から声を掛けてくれる者が居た。
とても優しくて、凛と響くような声色だった。
あずきより少し年上の、二十前後の成人男性のようだ。
恥ずかしくなって、あずきは「大丈夫」と言って顔を上げた。
しかし、顔を上げた先、その成人男性らしき姿など何処にも無かった。
あるといえば、見た事もないような妙ちきりんな物ばかりだった。
つい先程まであった釜焼きシュークリームの看板も何処にも無い。
その看板があった場所には、大きな茶色の塊がごろごろと転がっていた。
何が起きたのか分からなかったあずきは、くるくると目を回して辺りの様子を伺った。
茶色の直方体の形をした塊の傍には、緑色の川が流れていた。
自分が転んだ地面も、アスファルトなどではなく、艶光りする黄金色になっていた。
何より、先程まで嗅いでいたシュークリームの匂いが何処にもない。
その代わり、辺りは何処か懐かしい甘い匂いで満たされていた。
あずきは先程声を掛けてくれた男を捜そうと、もう一度辺りを見渡した。
だが、その男は何処にも居なかった。
目の前に肉まんよりほんの少し小さな団子が転がっているが、それ以外は誰も居ない。
人の気配すらない。
小首を傾げたあずきは、その団子に視線を落とした。
よく見てみると、その団子はきび団子のようであった。
しかし、きび団子にしては、やや大きなサイズだった。
こんな所にきび団子が転がっているとは、此処まで来る際に、実家で売っている商品が何処か服にでもくっ付いていたのだろうか。
あずきはその団子をむんずと掴んだ。
「あ、痛い痛い。
もう少し優しく持って」
けれど、その団子を掴んだその瞬間、あらぬ所から声が聞こえた。
先程の男の声だ。
だが、今度は、その手の掴んだ場所から聞こえてきたのだ。
あずきは吃驚してその団子を放り投げた。
団子は宙を舞って、ぼてっと地面に落ちた。
そのままころころと転がり、茶色の塊の所で止まれば、「あいた」とまた声が聞こえた。
「だ、だ、だ、団子から声が!」
あずきは驚きの余り肩をぷるぷる震わせて叫んだ。
あずきが掴んだ団子から、先程の男の声が聞こえたのだ。
誰かが団子にスピーカーでも仕込んでいたのだろうか。
何にせよ、人が悪い悪戯としか思えない。
「そりゃ喋るよ、きび団子なんだから」
しかし、仰天しているあずきを他所に、団子からはまた声が聞こえた。
その上、ぽんぽんと弾んであずきの傍まで来て、「いきなり放り投げるだなんて」と、愚痴まで零した。
よく見てみれば、その団子、頭に小さな王冠のような物を乗っけている。
真っ赤なマントまで巻いているようだ。
これではまるで、団子の王様だ。
有り得ない状況に、あずきは開いた口が塞がらなかった。
「だ、だ、だ、団子が」
「紹介が遅れたね、僕はきび団子の王子だ。
きび王子と呼んでくれ」
団子には、小さな胡麻のような目と口まで付いていた。
誰かが悪ふざけで落書きしたような顔である。
だが、その顔は、凛とした成人男性の声と合わせて動いていた。
目はしっかりとあずきの方を見ている。
こけた弾みで、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
或いは、夢でも見ているのだろうか。
あずきは混乱した頭で必死に考えた。
普通に考えて、団子が喋るだなんて、ファンタジーにも程がある。
今時の小さな子、たとえば栗太郎ですら考えないだろう。
しかし、あずきの前に居るきび団子は再び口を開いた。
団子なりに、何処か上機嫌なようにも見える。
「今日は、遠い和菓子国まで態々来てくれて有り難う。
ずっとこの時を待ってたんだよ、あずき」
嬉々として喋るきび団子は、小さくぽんぽん跳ねていた。
あずきは、団子に言われた言葉に、はてと頭を傾げた。
和菓子国?
そんな所に来た覚えなど、あずきには無い。
シュークリームを買いに走っては来たけれど、こんな変てこな世界に来たつもりは全く無い。
「和菓子国?」
「僕は此処の国の王子だよ。
この度は、君に日頃のお礼を兼ねて、一つ内命をしたい」
漫画のような粒の目をキラキラと光らせて、きび団子は言う。
きび団子は、丁度手の平サイズだった。
ぽよぽよと弾む身体が何処と無く愛らしい。
「内命って?」
「いつも君は僕たち和菓子を愛してくれていただろう?
そのお礼に、君を僕の妻に迎え入れようと思うんだ」
「妻?」
「そうだよ、あずき。
君は僕の妻になり、この和菓子国を一緒に統べていくんだ」
あずきはへんちきな事を言うきび団子を手の平に乗せてみた。
今度は優しく持ったので、きび団子も不満を言う事は無かった。
手の上で、きび団子はニコニコ笑ってあずきを見詰めている。
何処からどうみても、この状態は夢でしかなかった。
「嘘じゃあ」
「嘘なんか言うもんか。
君は此処のお姫様になるんだよ」
「でも、きび団子のお嫁さんなんて、聞いた事無えもん」
「そりゃ無いだろうね。
人間のお嫁さんを貰うだなんて、僕が初めてだろうから」
きび団子はご機嫌だった。
ご機嫌な上、自信満々に言ってのけた。
だが、何処の世界にきび団子の妻となる事を信用する娘が居るのだろうか。
あずきは笑ってきび団子に言った。
「アタシは人間の男の人としか結婚せんよ」
「へえ、何で?」
「だって、きび団子と結婚したって、子供とか出来んもん。
アタシは、格好いい和菓子好きな男の人と結婚して、お家を継がにゃあおえんの。
弟の栗は和菓子嫌いじゃから、何処かに嫁ぐ事も出来んしね」
あずきの言葉に、きび団子は一寸驚いた顔をした。
小さな目をくりくりと動かして、ショックを受けたようでもあった。
けれど、ほんの数秒考えて、すぐさまにこやかに笑った。
「じゃあ、僕が人間になれば問題ないね」
言うがいなや、きび団子はあずきの手の平から跳ねて地面に落ちた。
団子にしては些か高い所だったにも関わらず、見事な着地だった。
あずきは美味しそうな匂いが遠退いた事に少し寂しさを感じたが、それもほんの一瞬の事だった。
あずきの目の前の団子が「ていっ」と掛け声をしたと同時、団子の姿が煙に包まれたのだ。
ぼわんと音を立てて広がった大きな煙は、あずきの方にまで及んだ。
あずきの目の前は、煙で真っ白になった。
そこに、薄らと人影が映る。
どうやらあずきと同じ人間のようである。
それも、あずきよりずっと高身長の、すらりと背の高い男の影だ。
煙が消えていくと、そこには見た事もない美丈夫が居た。
整った面長な輪郭に、優しそうな目、すっと高い鼻、団子のようにぽってりと柔らかそうな唇。
長い金の髪を横の高い位置で束ね、其処にはきび団子らしい止め具が為されている。
「あずきに倣って、人型になってみたよ。
これならいい?」
その美青年から出される声は、先程のきび団子の物だった。
煙が薄れていくにつれ露になっていくきび団子の整い過ぎた容姿。
少女漫画の中に出て来そうなその美形の男に、あずきはオタオタと慌てふためいた。
まさか、きび団子が変身出来る訳がない。
それ以前に、何故きび団子なのだろう?
きび団子の人型は、正しく王子様と言っても過言でなかった。
かつんとブーツを弾く音と共に、そのきび団子の王子はあずきに一歩近付いて来た。
煙が益々薄れていく。
あずきは、初めて見た美形過ぎるその男に、かっかと火照る頬を両手で抑えた。
しかし、また一歩その青年が近付いた瞬間、あずきは目を点にしてしまった。
あずきの目の前に居る青年。
金のさらさらの髪を美しく棚引かせる青年。
赤いマントを翻して微笑む青年。
だが、そのマントの下は、人間の素肌のままだったのだ。
あずきは目を大きく見開いて固まった。
煙はどんどん消えていく。
男の姿も完全に捉える事が出来るようになった。
マントの下、裸のままの胸元、裸のままの下半身、重厚なブーツ。
これでは、街中を歩く痴漢の男も真っ青だ。
「ギャー!」
あずきは思い切りその男の頬を引っ叩いた。
バッチーンという軽快な音の後、男は不細工な悲鳴を漏らした。
その後、またころころと音がしていたので、あずきのビンタと共に、男は団子の姿に戻ったようだった。
そして、勢い良く転がった末、その丸い団子は、またもや茶色の塊にぶつかって止まった。
だが、あずきは目の前に飛び込んできた男の真っ白な稲荷寿司が頭から離れなくて、再度大きな声で叫んだ。
男の端整な顔など一瞬にしてどうでも良くなる程の衝撃映像に、学校で見せられた保健体育のビデオも思い出した。
「へ、へ、へ、変態ー!」
こうして、あずきの変てこな嫁ぎ話は始まったのである。
ちなみに、その人間の姿をしていた団子王子の下半身は、あずきが学校の授業で見たぐろい一物より、はるかに色白で逞しかったとか。
TO BE CONTINUED.
2008.08.17
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