ああっ、違う違う!
人参は角切りか乱切りでいいんだよ。
何薄切りなんかしてんだよ、あんた。
ごっ、ごめん。
火が通らなかったらいけないと思って。
んな訳ないだろ。
それより早く鍋の用意しろよ。
もたもたしてると、間に合わなくなるぜ。
HOW TO USE [02]
飛鳥は、狭い台所でジャックに小煩く説教をくらいながら、必死で料理をしていた。
慣れない手つきで野菜を切り、時折がらんがらんと食器類と鍋をぶつけたりしながらだ。
そんな様子を見て、ジャックは何度も大きく溜息をついた。
けれど、一切手を貸す様子は見せてくれない。
あくまで、「アスカの手作りが食べたい」とジョーカーはのたくったのだ。
ジャックが手伝っては、それこそ意味がなくなってしまう。
要は、小さい彼なりの、それでも一人前に気を利かせた指導法らしい。
しかし、口だけで一向に手伝ってくれない彼を見て、飛鳥は内心で舌打ちをしていた。
元々、飛鳥は料理が好きではない。
こんな面倒な事、出来るならば手伝って欲しいのが本心だ。
「これは?
これは、どうすんの?」
「それより、そっちが泡噴いてんぜ。
あっ、こっちは焦げてるし」
「え?
どれが?」
「何やってんだよ、あんた。
それでも女かよ」
「…そんな事、言ったってさ」
仕様がないので、とりあえず聞けるものは全て聞く。
むしろ、最初から最後まで彼のレシピを聞かないと、何一つまともに完成しそうもない。
現に、しっかりと教えてもらっている今でも、料理を焦がしてしまう始末だ。
先程、注意されたグリルの火を消してみる。
すると、やや姿勢を屈めただけで、腰に鈍痛があった。
「いてて」
痛む腰に手を当てる。
しかし、休んでいる暇はなさそうだ。
コンロの中を、おそるおそる覗いてみる。
其処には、成る程、秋刀魚がしっかりと焦げていた。
「何だよ、腰痛いのか」
飛鳥の不調に気が付いたのか、ふとジャックが問うてきた。
「絶対に手を貸さない」と言っていた筈だったのに、泡を噴いていたらしい鍋の火も弱めてくれた。
それに、飛鳥はえへへと苦笑いを返す。
「ちょっと、ね」
「何がちょっと、なんだよ」
「いや、まあ、そのさ」
「ま、大方、昨晩ジョーカーが寝かしてくれなかったんだろ。
随分とお盛んだったみたいだし」
「は?」
「ベッドがぎっしぎっしいって、あんたも声を惜しみなく出してるし。
こっちは煩くて寝れなかったんだぜ」
さらりと言ってのける小学生程の科白に、飛鳥は無言で耳を真っ赤にさせた。
口は何か言おうか言わまいかと、ただ酸欠の金魚の様にぱくぱくさせる。
まさか、聞かれているとは思っていなかった。
最悪だ。
「っな、な」
やっと出た声は、どもっていた。
もう日は結構経つけれども、飛鳥はこちらの世界に来てからずっと、ジョーカー宅に泊まっている。
そのジョーカーの部屋とジャックの部屋は、すぐ近くだ。
普通に考えて、聞こえていても当たり前なのに。
それなのに、何故自分は、情事の最中の声が聞こえていない筈だと高を括れていたのか。
後先考えずに、あんなにも声を上げてしまっていたのか。
「何、茹蛸になってんだよ」
「ゆ、茹蛸だなんてっ」
「毎晩毎晩、聞かされてんだから。
今更照れる事かよ」
驚きの余り、腰が立たなくなってしまった。
赤面してぶんぶんと手を振る飛鳥を見ながら、ジャックは平然とした態のまま、むしろ呆れている様に再度溜息を落とした。
ジャックは、焦げた秋刀魚から煙っている煙を出すために、換気扇のスイッチを入れてくれた。
「あんた、換気扇も入れてなかったのかよ」と、小言も忘れない。
「ジャック」
「何だよ」
「毎晩…、聞こえてたの?」
「聞こえてたら悪いのかよ」
「良くはないよっ」
「じゃあ、あんたこそ声抑えろよ!
後、ベッドは簡素なんだから、床に地べたで寝転がるか、立ってやれよ!
ベッドの軋む音も馬鹿にならないんだよ!
立ちバックとか駅弁スタイルとかあんだろ!」
「はいっ?」
彼に思い切り反対すれば、それ以上に大きな声で、しかも、至極破廉恥な事を恥ずかしげもなく返された。
その様な知識がある事自体不思議な年齢のくせに、飛鳥以上に具体的な台詞を吐いてくれる。
ただでさえ先程の事で赤面していたというのに、少年の言葉を聞いているだけで、益々恥ずかしくなってきた。
不覚にも、少年が言う体勢で、かの男と交わる自分を想像してしまったのだ。
すると、その時。
丁度、玄関の方から、「タダイマー」と、二人の奇妙な喧嘩を終える気の抜けた声が聞こえてきた。
TO BE
CONTINUED.
2004.10.24
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