いつの事だったか、儚げな女が居た事を覚えている。
その子とは、大した会話なんてした事なかった。
けれど、いつもその子は何か言いたそうな顔をしていた。
それだけが、俺の中の彼女の印象。
DON'T SAY A GOOD-BYE
「今晩は」
月がもう満月ではなくなった頃、少し丸が欠けた時。
貴方は不意に現れて、銀の髪を風に棚引かせていた。
その風は若干、冷たかった。
「今晩は」
何も応えない私に、貴方は再度言う。
切れ長で美しい瞳が、すっと細められる。
「今晩は。
イイ月夜ですネ」
首に巻かれた赤いリボンを貴方は左手の人差し指で引っ掛けながら、もう一度私に挨拶をした。
そうして、空に視線を持って行って、「アア、星も綺麗だ」と歎息する。
「あの星が一番イイですネ。
一番強い光をもってして、それなのに目立たない。
そうだ。
あの星をアンタにあげましょう。
俺からの、最初で最期のpresentだケド」
貴方は、私が何も応えないのをいいことに、それだけ言って私の横を通り過ぎた。
それに、「何処に行くんですか」と私は尋ねなかったけれど、貴方は私が何を言いたかったのかさも分かっている様に、「talonへ行きます」とだけ言った。
星は輝いている。
私達の事など関係ないと言わんばかりに、何万光年も先から、ただ綺麗な光を発している。
貴方が私にくれると言った子供騙しの星は、もうどれだか分からない。
月は少し欠けた、それでも満月にも劣らない美しさを。
そして、カシオペア座の横の星は、きらりと儚く瞬いていた。
そんな夜空の下。
私は、もう姿が見えなくなってしまった貴方に声をかけた。
「もう、行くんです」
勿論、その声が貴方に聞こえていないのは分かっている。
「もう、行くんです。
短い間でしたが、ありがとうございました。
私は、天国へ行けるでしょうか?」
貴方は居ない。
けれど、「そうだネ、道中気を付けて」という声が、何処からか聞こえた気がした。
銀の髪が美しい貴方。
これは、最後まで叶わない恋心でした。
私はこの淡い想いを持って、向こうの世界へ旅立ちます。
END.
2004.10.21
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