さっきの気味悪いもう一人のジョーカー達のモデルネームが、オセロ。
で、この銀髪の男が、クラウン。

区別したい時は、気味の悪い彼らを『モノクロジョーカー』って呼んだりするらしい。

けど、やっぱりモデルネームじゃ呼ばないんだな、皆。
それも、私の事以外は。

そこまで分かったよ。
そこまではいい。

でも、あいつらがジャックを抱くってどういう事?
ジャック、まだ子供だよ?

何でジョーカー、あんた止めないの?
嫌じゃないの?

友達が、あんな奴らに弄ばれていても。

THE CARD GAME
015/淫らな孤児を巡って

辛うじて廊下にのみ取付けられていた漆黒の扉は、ギイと音を軋ませた。
鉄製で、それなりに防音に優れているようだ。

「ジャ、jack.
また明日ネ」
「うん。
朝になったら起こしに行くよ」

その戸を閉め切る前、飛鳥を相変わらず抱いたままの男と、鼻を赤くしたままの少年は、挨拶を交わし、離れて行った。

「もー、離してよ。
私はねー」
「ハイハイ、すぐ離しますー」

未だ抗議している飛鳥は、男に適当にあしらわれながら、ある一室へと入れられた。

どうやら、銀髪の男の個室らしい。
少年も、自分の部屋らしい所に入っていった。
少年の個室は、銀髪の男と飛鳥が入った部屋の斜め前で、飛鳥の目の届かぬ場所では無かった。

少年の行き先を確認してから自分達が入った部屋を眺め見た飛鳥は、余りにシンプルな様相に感嘆にも似た声を上げた。

「うわ、何も無い」

先程の廊下より、若干明るい空間だった。
申し訳程度に取り付けられている白熱灯と蛍光灯が、ぼんやりと辺りを照らしている。
部屋の中央にある唯一の家具は、簡易の白パイプで作られたベッドだけだ。
他には、何一つ置かれていない。

男は、ベッドに飛鳥を下ろし、隣に自分も腰を下ろした。
二人分の体重を乗せたベッドは、ぎしりと鈍い音をたてる。

「ヨイショ、と」

男は、ベッドに腰掛けるなり、すぐに姿勢を崩した。
それとは反して、横にされたにも関わらず、飛鳥は逆に姿勢を正し、男の腕を掴みながら無言で言葉を促した。
暗に、先程の続きを早く話してくれと訴えたのだ。

飛鳥の内心を悟った男は、飛鳥の顔をちらりとだけ見て、またすぐに視線を外し、小さな溜息を吐いた。
そして、飛鳥の腰を自分に寄せるように抱き、こめかみに軽く口付けを落としてから、薄く艶のある唇を動かし言葉を紡いだ。

「jackは親が死んでネ。
今は俺らんちに居候してる身なの」

男は、息を吐き出すように、ぼそりと呟いた。
男の腕を掴んでいた飛鳥の手が、その言葉に一度だけ震える。

「ジャックが?」
「ソウ。
それで、家賃代わりに、アイツらはjackを抱いてるのかもネ」

男は、感情が一切籠もってない様子で、淡々と事実だけを述べた。
感情を込めてはならない事だと思っているからなのか、或いは本当に元々興味が無いからなのか、それは飛鳥には分からなかった。

「マア、jackもソレを良しとしてるみたいだし。
俺がどうこう言う事ジャないデショ。
それに、jackからしたら、アイツらはやっぱ家の主じゃない?」
「だからって、身体で払わせるなんて酷いよ。
ていうか、あんたも家主でしょうに」

男の言う事に納得出来なかった飛鳥は、反論して男を責めた。
その時、部屋の外でかたんと小さな物音がしたが、男は意に介さず続けた。

「本当に嫌なら、出て行くなり、俺に何か言うなりする筈デショ。
それさえしない内は、余計な口出しなんてしない方がイイんだヨ」

男は、切れ長で冷たい眼の視線を、物音がしたらしい方向へと向けた。
そして、飛鳥の肩に、ぽてんと頭を乗せる。

「モウ、毎晩だヨ。
たとえ何かを思っていたとしても、イイ加減、慣れもする」

男は、自分に言い聞かせるように零した。
否、飛鳥には、少なくともそのように聞こえた。
そうであって欲しいと思った。

その直後、今度は幼い少年のくぐもった声が聞こえてきた。
どこかで聞いた事がある、甲高い声。
けれど、常とは明らかに違う、感極まった切ない声色だ。

ジャックだ。
ジャックが、あいつらに犯されている。

声に反応した飛鳥は、瞬時にそう判断し、勢い良く立ち上がった。
そして、暴れた際に若干乱れていた服を直した。

たちまち部屋から出て行きそうな形相の飛鳥に、男は制止をかけた。

「チョット、何処行くの?」

男は、怒りにわなわなと震えている飛鳥の腕を、ぎゅっと握って引き寄せた。

その時、またしても飛鳥の鼻に、男の甘い香水の香りが届いた。
常なら魅力的に感じるかもしれない、その香。
それも、今ではただ鬱陶しいだけだった。

「ジャックを助けてあげるに決まってるでしょ!」

言い放って、飛鳥はがしりと掴まれた腕を振り払おうとした。
しかし、思っていたより男の力は強いらしく、どんなに振り回しても、一向に弛む事はない。

それに腹が立って、飛鳥は男を睨みつけた。
が、逆に真剣な赤い双眼にぎらりと見詰められ、思わずたじろいでしまった。

男は、利かん坊な飛鳥に口を開いた。

「さっき言ったデショ、jackは…」

そこまで言って、男もはたと押し黙る。
男が見た視線の先。
その飛鳥の眼に、憤りの涙が零れている事に気が付いてしまったのだ。

透明な雫が、はらはらと皇かな輪郭を伝っていく。
飛鳥の頬を濡らしていく。

男は、険しい顔を和らげて呟いた。

「アスカ」

小さく嗜めるように名を呼んで、飛鳥の腕に食い込ませて握っていた腕の力を抜く。
それでも、飛鳥は寄せた眉根を寛がせない。

男は、観念したようだった。

「マ、好きにすればイイヨ」

投げ捨てるように言って、男は完全に飛鳥の顔から視線をずらした。
解き放たれた腕には、余程強く掴んでいたのか、くっきりと赤い痕が刻み付けられていた。

ごろんと四肢を放り出し、無言でベッドに寝転ぶ男。
近くの部屋では、また一際高い少年の鳴き声が聞こえてくる。

それに、何度目か分からない溜息が、男から零れる。

「止めなきゃ」

独り言のように言って、飛鳥は男をちらりとも見ず、扉へと足を進めた。
そして、部屋から出て、戸を完全に閉めてから、服の裾で涙を拭った。
布でごしごしと擦れば、目が異常にひりひりと痛んだ。

何が辛いのか、自分でも分かっていなかった。
何故泣いているのか、己の事だというのに理解できなかった。

ただ、行き場の無い憤りが我慢ならず、分かってくれない男に苛立ちを感じた事だけは事実だ。

「畜生っ」

涙は留まる事を知らないのか、ぼろぼろと後から溢れてきた。
そんなに泣く必要など無いと分かっていても、自分ではどうしようもなかった。
むしろ、止めようと思って止まるものでもなかった。

思春期故の感情の揺れかもしれない。
もしそうだとしたら、ひどく面倒な心の働きだと思う。
或いは、身体は男であり、本来の気質は女でもあるという中途半端な心身が、常にぐらぐらと不安定なせいかもしれない。

少なくとも、本来の飛鳥であれば、こんな些細な事で。
況してや他人の事で怒りこそすれ、泣きまではしなかった筈だ。

自棄になった飛鳥は、更にごしごしと目を擦った。
目元が益々ひりひりと痛む。
が、これでいいと思った。
これくらい強く拭わないと、涙も、噴き出た得体の知れない感情も、止まらないと思った。

「んんっ」

近くの部屋から、また少年の淫猥な声が漏れてきた。
その声は、廊下に出ているせいか、先程より更に確実に飛鳥の耳に届いた。

少年の不道徳な行為が、はっきりと頭に思い浮かぶ。
小さな身体に不似合いな、淫靡な合歓。
想像しただけで、嘔吐感を催す程の下劣さではないか。

早く止めなければ。

勢いづいた飛鳥は、もう一度涙を強く拭き取り、物音がする扉に手をかけた。
ひんやりとしたドアノブが、心臓の音を更に高鳴らせる。
じわりと滲み出た汗も、たらりと全身を伝った。

「んっ、ああっ」

ゆっくりと扉を開ければ、其処から漏れた、あられもない声にぶつかった。
そこで飛鳥は、ぴたりと動きを止めた。
否、止まってしまった。





TO BE CONTINUED.


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