貴女の事は知っています。
周りが皆騒いでいる上、何より片割れのジョーカーが小煩い。
しかも、どうやら奴は、貴女に恋をしたようで。
けれど、我々ジョーカーらが高貴なる貴女を愛するだなんて、恥知らずな事この上ない。
我々ジョーカーは、この世界の只の番人。
只の駒。
貴女様を愛する資格など、最初から持ってはおりません。
ですので、我々ジョーカーは、奴が貴女に迷惑をかける前に、消す事すら考えております故。
その時はどうぞ悲しむ事無く、そのまま笑っておいで下さいまし。
THE CARD GAME
014/表裏一体シャム双生児
「ハーイ。
いらっしゃい、アスカ」
「お邪魔します」
人気のない道を数百メートルほど歩いて辿り着いた先は、黒だけを配色に使った、コンクリート製の古ぼけた建物だった。
広さは然程ないのだろうが、奥に縦長で、おかしいくらいに直方体の形をしていている。
入り口はあるが、扉はない。
銀髪の男ジョーカーは、飛鳥をその中へと促した。
察するに、この廃墟のような建物が、彼らの言っていた「我が家」らしい。
「ただ今帰りました」
ジャックは、常の口調では考えられないほど控えめな挨拶をした。
その挨拶を後ろに聞きながら、飛鳥は建物内の様子を伺う為に、歩を進めた。
辺りは薄らとした白熱灯が見受けられるものの、比較的仄暗く、何故だかひやりと冷たい風が頬を撫でる。
それが余りに不気味で、背筋が凍る錯覚を覚えた。
まるで化け物でも出てきそうな様相だ。
しかも、洋画に出てくるような、ゾンビ紛いの…。
「ん?」
すると案の定、少し奥に入ったところで、その廊下に取り付けられている白熱灯の下、佇む一つの影を見付けてしまった。
縦に細長くて、動かぬ棒切れのような、それ。
まるで、にょろりと床から生えている風にも見える。
しかし、それは先程懸念した、凶暴な化け物紛いでは無さそうだった。
多少奇妙ではあるものの、襲ってくる風はない。
むしろ、生き物かどうかも疑わしい。
飛鳥は、その得体の知れない物に、首を傾げた。
「帰ったからネ、joker.
今日、アスカを泊まらせるから」
正体不明な物体を凝視している飛鳥を余所に、銀髪の男は、それに話し掛けた。
瞬間、その縦長の物体が、僅かに反応した。
やはり生きていたのだろうか。
飛鳥がよくよく目を凝らして見てみると、その物体はすらりと背が高く、黒と白のタキシードを羽織っているのが分かった。
その上から覗くのは、人間の形ではなく、三日月形をした頭部。
まるで、月形のお面だ。
其処に、ぎょろりとした眼、道化師らしいペイントの化粧も施されている。
「ひっ」
明らかに人間では無いと分かった飛鳥は、悲鳴を上げて後退りをした。
すぐ後ろに居る小柄な少年に、勢いよくぶつかる。
咄嗟な事で避ける暇もなく鼻を強打したらしい少年は、間抜けな音を漏らし、尻餅をついた。
「うわ、ごめん」
飛鳥はすぐさま謝ったが、少年は黙って鼻を擦りながら、飛鳥を睨み付けた。
「アア、アスカ。
コイツらは気にしないで。
どうせ喋らないし、ほとんどつっ立ってるだけだカラ」
「こいつ、ら?」
「ソ、コイツら。
見えない?」
一瞬少年に気が行っていた飛鳥は、男が指差す方向に目を向けた。
すると、その先に、長方形の頭部を持った人間を見付けてしまった。
先程のタキシードとは違い、道化師のようなフワフワとした衣服を、やはり白黒だが纏っている。
その横には、頭部を全く持たない道化師。
そして、またその少し奥には、球の頭を持つ者。
「うわああああっ」
辺りを見渡せばわらわらと。
それでも影は非常に薄く、存在感をほとんど持たない、白黒の道化師達。
身長はまちまちで、随分と背の高い者や、少年ジャック程の者も居る。
動転してしまった飛鳥は、今度こそ腰を抜かしてしまった。
がくがくと膝が笑う。
それを、男は笑いながら両手で抱き抱えた。
「大丈夫。
チョット見た目変だけど、本当ただつっ立ってるだけだカラ。
アイツら、どうやら口もきけないらしくてネ。
しかも、この家から外に出る事もナイし」
「え、ええ?」
「おかしな話だけど、アイツら何人居るかも分からないんだよネ。
日に日に増えてる気もするし、減ってる気もする。
だから、アイツら皆で一人と数えてるんだヨ。
siam双生児みたいにネ」
「み、皆で一人?
シャム双生児?」
飛鳥は大した抵抗もせずに、男の胸に凭れながら尋ねた。
勿論、もし抵抗しようとしても、力が抜けてしまった身体では、到底無理な話だったのだが。
しかし、何を勘違いしたのか、自ら自分に身体を預けてくれていると思った男は、柔らかな弧を更に唇に描き、続ける。
「ン、そう。
白黒だから、monochrome joker」
「モノクロ?
モノクロジョーカー?」
「そう。
model nameはothello.
ケド、奴ら、jackには対応が違うんだよネ。
俺なんかには興味示さないくせに、jackだけはいつも抱いてるみたいだし。
もしかしたら、好きなのかもネ」
「は?
ジャックを?」
飛鳥は少年の方を振り返った。
少年は、先ほど飛鳥にぶつかられた事を根に持っているのか、まだ何やら文句を言っている。
そして、飛鳥の視線に気が付いた後も、「何だよ」と返してきた。
「ちょっと。
ジャックはまだ小さいのに、何考えてんの?
あの訳分からない奴らは」
飛鳥は言った。
少年ジャックは、まだ年端も行かない小さな子だ。
こんな世界に居なければ、まだランドセルを背負って小学校に行っている年齢に違いない。
そんなあどけない子が、あの気色の悪い化け物達に蹂躙されているだなんて。
飛鳥はひどく憤慨した様子で、白黒のジョーカー達を指差した。
そして、やっと動くようになった…というよりは、怒りに任せて自由がきくようになった四肢をじたばたと動かし、男の腕の中から抵抗した。
その時、がつんと肘が男の鳩尾に入ったが、男は然して反応しなかった。
「モウ。
暴れないでヨ、アスカ。
その話は後でしてあげるカラ」
「後から?
別にあんたから聞きたくないよ。
少年虐待してるのは、あいつらでしょうが」
「チョットチョット、少年虐待って。
アンタもjackと年が変わらない女とヤったデショ」
力一杯抵抗する飛鳥に、男は呆れて返した。
しかし、その言葉は綺麗に無視し、飛鳥は男の胸で大声を上げる事を止めなかった。
先程の得体の知れない恐怖は、すでにもう無くなっている。
すると、白黒のジョーカー達は何を思ったのか、音もなく各々の物らしい部屋に戻ろうとした。
飛鳥の剣幕に、姿を消した方が懸命だと感じたのだろうか。
「ちょっと待て!
この変態ショタコン野郎!」
それでも納得出来なかった飛鳥は、罵声を浴びせながら、その連中を止めようとした。
が、白黒の生物達は、たまに飛鳥を振り返る程度で、止まる気配など全く無い。
気が付いた頃には、その場に三人のみとなってしまった。
それでも、調子に乗った飛鳥は、虚しく響く怒声を止めようとしなかった。
それに、男は困ったように宥め、少年は呆れたように溜息を吐く。
「出てきやがれ!
この激キモ妖怪」
唾が飛び散る程に、飛鳥は更に声を張り上げる。
辺りからは物音すらせず、何も反応がないにも関わらず、だ。
怒りというものは、相手が無反応であったり、若しくは冷めている時に限って、更に高揚するものだ。
飛鳥とて例外ではない。
然して腹を立てる事でなかったとしても、無性に躍起になってしまう事さえある。
故に、このままでは埒があかないと判断した男は、飛鳥を抱いた腕を緩める事なく、そのまま抱え込むように、怒り心頭な人間を自分の部屋へ連れて行く事にした。
TO BE
CONTINUED.
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