ねえ、起きてよ。
起きてよ、ダーリン。

未だ終わってない。
未だ俺の愛を全部吐き出してない。

本当はこの繋がった身体だけじゃなく、脳みそごとあんたを掻き回したいのに。
骨の髄まで愛したいのに。

それぐらい想ってるのに。

ねえ、起きて。
起きてよ、飛鳥。

so please.
look me all the time while I am with you.

THE CARD GAME
011/体内に注ぎ込まれていた貴方の白

「んー」
「あ、起きたか」

ふわりと世離れした暖かさに、遠くからはさらさらと水が流れる音。
頬を擽るのは冷たくて、けれど柔らかい布のような感触の心地良い風。
閉じている瞼からは、ちらちらと眩しい光と静かな影。

飛鳥は、優遇された自然の中で、快い眠りから少しずつ呼び起こされた。

瞼を持ち上げると、逸早く眼球のガラス玉に映ったのは、真っ赤な髪と瞳を持った一人の少年だった。
手には年甲斐も無く小難しそうな本を持ち、身体は大きな木に凭れさせている。

「よく寝る奴だな、マスター。
もうジョーカー帰ったぜ」
「え?
ジョーカー?」
「そう。
あんたを重たい重たいって言いながら背負って来たよ。
わざわざ俺の所に、ついさっきな」
「私を?」

飛鳥は腑抜けた顔を戻さないまま、重くて怠い半身を起こした。

辺りを見回すと、飛鳥がこの奇怪な世界に来た最初の場に戻っていた。
耳に優しい遠くに聞こえる水音は、噴水の音だったのだろう。
頭上には、日差しから二人を守るように、大きな緑の木が立っている。

「私、どれくらい寝てたの?」
「さあ、ざっと半日以上じゃねえの。
昨晩は結局帰って来なかったし」
「へ、へえ」
「それより、マスター。
あんた、クイーン二人とヤったんだってな」
「は?
クイーン二人?」

目覚め直後には直ぐに反応できない、淡々とした少年の台詞。

飛鳥は、うまく頭を働かせる事も出来ぬまま、軽く首を捻った。
眉間にはいつものように濃い皺を作る。

それを、少年はちらりと横目で見ながら、言葉を続けた。

「ほら、あんたさ。
最初にハートのクイーンに筆卸ししてもらったろ」
「ふ、筆卸しって」
「だって本当の事じゃん。
あんた、ハートのクイーンと二人、タロンに入ったろ」
「う、うん。
まあ、それはそうだけど」
「その後、ダイヤのクイーンともヤったんじゃねえの?」
「は?
ダイヤ?」

そこまで聞いて、飛鳥は脳内に残っている記憶をぐるりと巡らせた。

頭の片隅に残っていたのは、銀髪の男ジョーカーと絡んでいた、金の髪で、豊満な肉体を持つ大人の女だった。
乳房は、飛鳥が女だった時とは比べ物にならない程に発達しており、腰から下も程良く肉が付いた、いかにも世の男が好みそうなスタイルをしていた。
顔付き自体も、色好みしそうな雰囲気だったように記憶している。

「ああ。
もしかして、あの金髪の人か」
「そうだな、ダイヤのクイーンは金髪だよ。
ジョーカーにお熱の、乳でかい姉ちゃん」
「彼女、ジョーカーと最初ヤってたよ」
「知ってるよ、あの二人よくヤってるし。
そういう関係なんだろ」
「ふ、ふうん」
「てゆうか、ジョーカーは誰とでもしょっちゅうヤってるけど。
気に入ったらとりあえず味見しないと気が済まないらしいし、ダイヤのクイーンだけが例外じゃないと思う」
「…へえ。
ジョーカーって、誰でもいいんだ」

飛鳥はさも興味なさそうにさらりと少年の言葉を流しながら、片肘だけついていた態勢から完璧に身体を起こし、座り直した。
その際、態度だけは自然に装うとしたが、腹の中はそうもいかなかった。

何故か、昔からの大事な人に裏切られたような、そんな感覚があったからだ。
勿論、実際は知り合ったばかりの、浅い関係ではあるのだが。

その時、飛鳥の下肢の後口から、つうと生温かいものが伝った。
その溢れた汁は、そのままとろとろと出て来ては、皮のパンツを濡らしていく。

初めて味わう気味の悪い感触に、飛鳥はぶるりと身震いした。

「つーかさ。
最初にジョーカー、クイーンを待たせてるからって言ってたじゃん。
マスターも一緒に居たから、聞いてたろ」
「ん」
「で、その時点で、またダイヤのクイーンとヤるのかって俺は分かったけど。
まあ、あんたはあいつの事何も知らないだろうから、それも仕様が無いのかもしんないけどさ」

幼い子は、自分の知っている話を得意げに口にした。

しかし、その少年が話している間にも、生温いどろどろしたものは零れて来る。
飛鳥は、もじもじと身体を捩った。

「ていうか、あんた何青い顔してんだよ。
気分でも悪いのかよ」

気持ち良く話していたらしい少年は、はたと飛鳥を見た。
遠慮がちに身動ぎする飛鳥の奇妙な動きに気が付いたのだ。

飛鳥は、初めて感じる体内から何かが漏れ出した感覚に気を取られ、何も応えられなかった。
自分の言いたい事は一頻り喋って済んだ少年は、益々訝しげに顔を覗き込んで来る。

しかし、当の飛鳥は、眼前に少年の顔があるにも関わらず、また自分を表す呼称を呼ばれているにも関わらず、やはり応える事が出来なかった。
ただ顔を赤くしたり青くしたりして、何かを考え込むように表情の筋肉を顰めているだけだ。

「何だよ、何かあったのかよ。
おい」

少年は、先刻よりも少し声を強くさせた。
心配げに寄せられた眉がきゅっと上を向いている。

「おいって、マスター。
マスター!」

気の長くない彼は、次第に声を荒げながらも、二、三度呼び掛けた。
それでも飛鳥が反応しない事に痺れを切らしたのか、少年は飛鳥の肩を大袈裟に揺らし、再度名を呼んだ。
しかも、耳元で強く叫ぶようにだ。

そこまでされて、飛鳥はやっと少年と目を合わせた。
目が合えば、彼がしていた心配そうな瞳に、些か驚いてしまった。

「あ、ああ。
何、どうしたの」
「何、じゃねぇよ。
具合でも悪いのかって聞いてんのに、無視すんじゃねえよ」

少年は、大事が無かった飛鳥に安心しつつも、ぷうと左頬を膨らませた。
無意識だろうが、言葉遣いの大人っぽい少年が少しだけ覗かせた、幼い表情だった。

それに、飛鳥は苦笑いを零しながら、手を合わせて一つ謝った。
赤髪の小さな保護者は、世話の掛かる大きな子供に悪態を忘れなかった。





TO BE CONTINUED.


[Back]