「何やってんだよ、こんなとこで…って、ああ。
クイーンか」
「こんにちは、ジャック。
マスターもこんにちは。
初めまして」

そう言って、その少女の眼の中に自分の姿が映る。
それを、何故だか私は無性に、「欲しい」と思った。

そして、彼女に何でもいい。
『痕』を残したいと思った。

残せる物は、何でもいい。
自分のものだという証を、ほんの少しでも残したかった。

THE CARD GAME
004/セックスしますか

小鳥が囀るような、少し高めの可愛らしい声で少女が笑う。

その視線の先に居るのは、笑顔に捕われてしまったこの世界の主、宮前飛鳥。
飛鳥の両目は、眼前の娘に只々釘付けだった。

「あんた、クイーンっていうの?」

飛鳥は、勝手に震え始めた声を必死に抑えながら問うた。

その質問にも、満面の笑顔で応える少女。
柔らかな花が、ゆらゆらと風に揺られているようだ。

「ええ。
クイーンです、マスター。
お見知りおきを」

その声の響きは、まるで綺麗なクラシックのBGMを流しているようだった。
それに呼応するように、飛鳥の下肢はどくどくと激しく脈を打った。
その脈打ちは、時間が経っても治まる事など無く、寧ろ勢いを増して激しくなっていく。

飛鳥は、呼吸までも荒くさせた。
熱は下半身を中心に酷く轟き、全身からアドレナリンが出ているようだった。
得体の知れない感情に平常心を掻き回され、身体の全てが苛まれていく。

すると、その様子を目敏く発見したジャックが、事も無げに口を開いた。

「マスター。
あんた、本当に男なんだな」

ぽつりと、特に馬鹿にしている訳でもなく、だからといって感心している風でもなく、ただ独り言を零すように赤髪の子は言った。

少年の台詞に、飛鳥もふと我に返る。
自分の姿を眺め直せば、この世界に来る前の服とは異なった格好をした己が映った。

今、此処には、白地のTシャツにジーンズのハーフパンツだった常の自分は居ない。
代わりに、革で出来た黒を基調としたコスチュームに身を包んだ姿がある。

だが、そこまでは流石の飛鳥も疾うに分かっていた。
赤髪の少年や、先程会った銀髪の男然り、己もなかなか奇怪な服装をしている事くらいは。

ただ、そのいつもと違った服装の、下肢の異状。
きつく張り詰めている下半身は、その時に初めて気が付いた。

だから、少年に指摘され、己の目で確認した途端、驚きの余りに声も出なかった。

今まで全身に熱を帯びたような錯覚を齎せていた、自分でも把握しきれていなかったその正体。
飛鳥は、さあっと全身の血の気を引かせ、けれど顔だけは茹で上がった蛸のように真っ赤になった。

「えっ、ええ?
これっ」
「ああ、気にすんなよ。
それ、勃起ってやつだ。
その年で初めて知った訳じゃないだろ。
まあ、元が女だったのなら、経験した事はないだろうけど」
「あっ、な、な」

飛鳥の舌は、限度を超えた羞恥のせいで上手く回らなかった。
泳いだ視線は目の前の少女に行き、けれどすぐに逸らしてジャックを見詰め、そしてまた下方へと移る。

しかし、少女はその男としての生理現象を意ともしないのか、相変わらず口元で弧を描き続けていた。
その微笑みが、余計に飛鳥を慌てさせる。

「どっ、どうすれば?
ジャック!」

飛鳥はこの現状をどうにかしたくて、助けを求める眼差しを再度ジャックに向けた。
幼いといえど、列記とした男はこの中に彼しか居ないのだ。
このような経験をした事があるのも、恐らく彼だけだろう。

明らかに己より年下であろう小さな子に縋る事が情けない事だとしても、何せ飛鳥にとっては初めての経験だ。
狼狽しても仕方が無い。

「正直に言えばいい。
あんたがクイーンに欲情したのなら」

だが、その当のジャックは平然としたまま、どうしたのだといわんばかりに、抑揚もなく言いのけた。
これでは何方が年上か分からない。

「な、何それ!」
「マスター。
俺らは皆、あんたの駒なんだから。
あんたが望めば、何だって手に入るに決まってる」

少年はゆっくりと、けれど確りと飛鳥に言い聞かせるように言った。

その言い方が小煩い姉に似ていた為、飛鳥は一気に頭を冷ます事が出来た。
不思議と身体も弛緩し、何処からやってきたのか知れない余裕まで出て来た。
おかしな感覚だったが、その感はすとんと身体に落ちてきた。

そうだった。
此処は自分の思い通りの世界で、自分が主なのだ。

だから、私が何をしようが、全て勝手な事なんだ。

その事実が、少年の言葉が、愚かな飛鳥に優越感を齎した。
その瞬間、先程まで感じていた痴態も、すでに痴態ですら無くなった。
寧ろ、これを利用せずには居られないだろうと下手な浅知恵までついてしまった。

飛鳥は、少年が発した台詞を確認するように、ゆっくりと心の中で繰り返した。

駒。
全て自分の思いのままの駒。

甘美な響きに、生唾がごくんと喉を通り過ぎていく。

「ねえ、クイーン」
「はい」

飛鳥が意味深な視線を送れば、少女は相も変わらず柔らかく応えた。

これがいつもの事ならば、彼女はとても淫らな売春婦と同格だろうが、あいにく此処は飛鳥だけの世界。
彼女中心の世界。
故に、そんなものは微塵も感じさせる事はなかった。

飛鳥は、持て余していた葛藤を捨て置き、舐めるように少女を見た。
言葉になど出さなくても、その視線には全ての想いが孕まれていた。

「マスター、我々は貴女の為なら何でも致します」

その相手も飛鳥の厭らしい心中を察したのか、狂おしい欲望と心の奥底で燻っている下心を容認する言葉を吐いた。

飛鳥は、口に出してもいない事を悟られ若干驚きはしたものの、それ以上は然して気にも留めなかった。
寧ろそれを上回って、ただ只管の期待と悦びに歓喜の声を上げそうになった。

「皆まで言わずとも分かっています」という少女の眼差しに全て飲み込まれそうになった。
自分に都合の良過ぎる展開に、頭がくらくらした。

「あそこに行けばいい。
俺は適当に待ってるから、終わったら呼べよ」

そんな飛鳥を見て、ジャックは何を思ったのか、ぽんと背中を叩いて言った。

その言葉と共に少年が指差した方向には、仄暗い路地に、ぼんやりとオレンジに光る屋敷があった。
赤茶色の瓦屋根に、ベージュのひび割れた壁。
風俗じみた貼り紙が至る所に所狭しと貼られ、ピンクの引き戸は妙な違和感を持たせている。
小さな窓はあるものの、それらは全て閉められており、真っ黒なカーテンまで引かれていた。
淫らな物音と甘酸っぱい匂いまでもが、風に乗って流れてきそうだ。

だが、そんな下品な和風の屋敷は、此処には居ない銀髪の男の面影と被るところがあった。

明確に「何が」とは言わないし、寧ろ言えなかった。
けれど、飛鳥の記憶の中でも、その男はやけに色気のある好色がましい美丈夫であった。
不本意ながら口付けられたものの、その魅力だけは認めざるを得ない色男だった。

「マスター、参りましょう」

飛鳥が一見不気味なだけのその建物を不思議な想いで眺めていると、少女が俯きながら腕を絡めてきた。
突如触れてきた柔らかい肌に振り返れば、少女はほんのり頬を赤らめて恥ずかしそうにしていた。

自分より僅かに低い彼女の背丈。
絡みつくように己の手に触れている彼女の髪。

そして、布越しに伝わってくる仄かな熱。
近くに寄った事で、更に強くなった甘美な香。

「うん、分かった」

飛鳥は、彼女の存在を直接身体で感じながら、そのままその性行為場のような建物に向かって歩きだした。

早く、早く、早く精を吐き出させてくれ。
まるでそう言っているようにさえ感じられる下半身は、相変わらず熱の渦を巻いていた。





TO BE CONTINUED.


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