飛鳥は、誕生日を迎えると、一回り年が離れた姉からバースデープレゼントと称した贈り物を貰う。
飛鳥が嫌いな、分厚くて為になりそうな本だ。

飛鳥は姉に見つからぬよう、その贈り物をこっそりとごみ箱に捨てる。
それは、毎年恒例の事だった。

しかし、どういう気紛れか、今年は飛鳥の部屋のごみ箱に分厚い紙の固まりは放り込まれなかった。
その代わりに、その哀れな本は、近所の胡散臭い男が回収している廃品回収へと回され、世の為にリサイクルされるという道を辿った。

親の心子知らずとは全くこの事で、姉の親心も踏み付け扱い。
恩知らずな飛鳥は、いい事をした気さえして酷く満足だった。

そんな宮前飛鳥、十七歳。
八月六日。
彼女の誕生日。

THE CARD GAME
001/アスカという人

宮前飛鳥は、黒髪が映えるショートカットの、女らしくない女だった。
昔から飯事という幼稚じみた遊びが嫌いだったし、流行りのリカちゃん人形より五レンジャーの合体ロボット派だった。
自分の事も辛うじて「私」と呼んでいるものの、言葉遣いの語尾は男に近い乱暴なものだったし、同級生の女の子と遊ぶより、近所の年上の男に混じって走り回る方が好きだった。

そんな飛鳥を、父、母、一回り年が離れた姉は何も咎めなかったし、飛鳥自身もそれを有り難く思い、改めようだなんて考えていなかった。
しかし、ある一定の年令に達した頃から、姉は妹である飛鳥に一般教養と称して読書を強要するようになった。

それは、小さな頃から外遊びしかしていなかった飛鳥にとっては、苦痛以外の何ものでもなかった。
だが、身体が娘のそれへと成長すると共に、その一般教養は確かに必要なものへとなっていった。

学校で教えられる国語や算数だけでは事足りない。
世知辛い世の社会で生活していく為には、それ以上に必要な知識もある。

そこでやっと、彼女は仕様がなく、多少なりの学を修めるようになった。

けれど、姉が授けてくれる教養といえば、万有引力という面白みのないものから始まり、地学、天体学、宗教学と、幅は広く、一定性がないものばかりだった。
中でも飛鳥が一番面白くないと感じたのは、誰しもが一度は触れる性教育だった。
それでも、姉の功も奏したのか、飛鳥は否が応でも少しずつ大人の娘へと成長していった。

そんな飛鳥が十七歳になったある日の事。
彼女は、二階の自分の部屋の窓から、廃品回収の胡散臭い男を見送った後、得体の知れない目眩に襲われた。

くらくらすると同時に、がつんと後頭部を殴られたような衝撃があった。
ぶわぶわ、ぶわぶわという、やけに大きな蝿が近くを飛ぶような奇怪な音も聞こえた。
それに、飛鳥は一瞬意識を失いかけたが、負けるものかと足を踏張った。

しかし、その足を地につけた途端、飛鳥は自分の身体が自室にはない事に気が付いた。

目の前に広がるのは、見た事もない景色。
来ようと思った事も無い場所。

それは、突然過ぎるタイムトリップだった。
飛鳥の身体は、意識は、ほんの一瞬の間に、何処かも分からない異次元に飛ばされていたのである。

眼前には薄水色の空がこれでもかと言わんばかりに澄み渡っており、周りにはイギリス庭園のように広く、可愛らしい草花と緑が到る所に生えていた。
チチチ、チチチという小鳥の声、少し遠くには大きな円い噴水も見え、その周りにはちらちらと蝶が舞っている。

其処は言わば古代西洋、貴族の城内のような公園だった。
飛鳥は、自分の頭がどうにかなってしまったのかと思い、へなへなとその場に崩れ落ちた。

「何だあ、これ」

幾ら目を擦っても、先程まで自分が居た、無理矢理姉に作り替えられ、居心地が悪くなってしまったピンクとフリルだらけの部屋は無いし、姉が置いていった、飛鳥が嫌いなラベンダーのお香の香りもしない。
勿論、悪趣味なフランス人形だって無い。

代わりに、腰を下ろした尾骨辺りにはがつがつとした土があり、緑の植物特有の鼻を衝く匂いもした。
人形があった付近には、大きな木まで立っている。

その呆けている飛鳥の目の前を、小学生程の少年が横切った。

ショートパンツからは惜し気も無く太股を出し、ぶかぶかの大きな底上げブーツをカポカポと鳴らしている。
糸のようなさらさらとした髪と、吊り上がった瞳は燃えるように赤い。
首からは、子どもにしては似合わない龍の入れ墨も覗いている。

一見したところ、とても活発そうな子だった。
そんな少年が、ふと飛鳥を見遣った瞬間、何かに気が付いたように声を上げた。

ジョーカー、ジョーカー。
マスターがこんなとこに居るんだけど」

飛鳥は、藪から棒に言われた言葉に首を傾げた。
その少年が、飛鳥を指差して言ったからだ。

だが、生憎、飛鳥は『マスター』という名前ではないし、あくまで『宮前飛鳥』、ただの日本人だ。
勿論、そのような発音を用いる名に改名した覚えもない。

何だ、この子?

怪訝な気持ちを残しつつも、飛鳥はその不思議な台詞に興味を引かれた。
不可解ではあったが、不愉快では無かった。

少年が呼び掛けている方向に目を遣れば、其処には長身でひょろりとした、月にも負けない美しい銀色をした髪の男が歩いていた。
男は、深紅と黒耀石という奇怪な二色のシンメトリーな服を纏い、首には猫のようなリボンを巻いている。
手足はすらりと長く、絵になるような体型で、尖ったブーツを履いていた。
だが、崩れた姿勢でズボンに手を突っ込み、やけにふらふらしている歩調は、やや頼り無げで、些かだらしが無い。

完璧なようでいて、何所か欠けた容貌だ。

「master?
masterが居るのー?」

間の伸びた声を上げ、ジョーカーと呼ばれた長身の男は、飛鳥に目を向けた。
英語で発音された単語は、少年とは比べ物にならない程に流暢だった。

しかし、飛鳥と目が合った瞬間、男は半分しか開けていなかった瞳を急激に丸くし、飛鳥の顔をまじまじと見詰めてきた。
その驚愕の表情は少し間抜けであったものの、元が整った面表である事は飛鳥にも分かった。

通った鼻筋に、細く切れ長の瞳。
その片方の眼には、ピエロのような十字のペイント。
薄く平べったい口元の端は若干上向きになっており、まるであひるのようだ。
だが、その唇は美青年を台無しにするどころか、おかしな事にきちんと美しさを増させる一つのパーツとして成り立っている。

その男が、繁々と飛鳥を見た後、何かに納得したように屈託のない笑顔を見せた。
飛鳥は、矢継ぎ早に起きる珍事に、目を白黒させるだけだった。

「master, 初めまして。
いきなりだけど、俺の彼女になるのと彼氏になるの、どっちがイイ?」





TO BE CONTINUED.

2004.05.05


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